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散歩の途中

iPhoneもって散歩しながらいろいろ観察したノート

横浜市一周 #1 鶴見区寛政町から青葉区美しが丘まで歩く

◆はじめに

横浜市の市境を歩いて一周する。あまり深い理由はない。東京都、神奈川県一周なんていうのは、途中意外に険しい山があったりで、登山の経験や装備もないのでできそうもない。横浜市は子供のころからいちばん長く住んで愛着のあるところなのと、何より自宅からの交通の便がいいので。(本格登山の必要もないし)
それでも意外に長い横浜市境、歩き方を決めてみた。

  • 境界が道路になっているところはそこを歩く。
  • 境界が入り組んだところは変にあっちこっちうろうろしない。
  • 通れないところは通らない、なるべく近くを迂回して歩く。
  • 埋立地の海岸部分は適当に流す。(「通れないところ」に準ずる)

こんなもんかな。決めてみたところでそんなに堅苦しく考えていない。

◆その1スタートは工業地帯

スタート地点は川崎市との境でいちばん海側の鶴見区寛政町、川崎市側は川崎区田辺新田というところ。ここから内陸側に向かって歩き出す。ここから海側には埋立地があるけれど、工場の敷地などで自由に歩ける場所ではないから通らない。
#1行程

最初に訪れたのはJR鶴見線武蔵白石駅

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駅は無人、列車は日中1時間に2~3本。横浜、川崎という政令指定都市の間を走る路線とは思えないけど、周囲は工場だらけだし。
駅を降りて鶴見線の線路沿いに鶴見方向へ少し戻るとすぐに白石橋
横浜市川崎市境界の白石橋から海側

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向こう側は埋立地の京浜工業地帯が広がる。
後ろ側の内陸部へ向けて歩き出す。この先首都高速横羽線にぶつかるあたりまではほぼ純粋に工業地帯。ただ最近はそんななかにぽつぽつとマンションができたりもしている。
首都高速横羽線、下は産業道路浅田町交差点

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市境は写真左へ折れるのでそちらへ。
産業道路で「川崎市川崎区」

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◆住宅地のなかをくねくねと

首都高、産業道路を境に内陸側は住宅地に変わる。
川崎区京町と鶴見区平安町境界付近の歩道

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「歩道だあ」と何も考えずに歩いていたら突然行き止まりになった。(引き返して)
第一京浜ゴム通り入口交差点付近

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ゴム通りという名前は、横濱護謨製造(現横浜ゴム)の工場が戦前に近くにあったのでついた通称らしい。
第一京浜を渡ってすぐに京急線踏切

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これも渡る。
市場上町交差点

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正面を通るのは旧東海道で写真向こうが川崎方向。そして写真左右に市境が通っている。
東海道線踏切、上は貨物線

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東海道線踏切を渡ると市境は細い生活道路に折れて複雑に進んでいく。トレース可能なので追いかける。
ヨネッティー堤根付近

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ヨネッティー堤根は温水プールの名前。上にみえるのは南武線浜川崎支線の線路。道路上が市境。
南武線尻手駅手前の路地

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尻手駅

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駅出入口は正確には川崎市幸区になる。南武線線路はこの先、矢向方面に向かって横浜市鶴見区に入っていく。
市境は家の間や路地などを複雑に折れ曲がりながら進む。それでもだいたい境界をトレースできるので、あちこち曲がりながらこちらも進む。
南武線矢向駅の裏側

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市境は線路を越えて駅反対側に直接出る。こちらは駅前の踏切を渡る。
矢向駅前の踏切から

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矢向駅前から市境はまた住宅地の路地などを複雑に折れ曲がって進み、横須賀線の高架に達する。
横須賀線高架

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さらに左側には貨物線も通る。
横須賀線高架下をすすむ

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踏切手前にある排水溝に横浜市のマーク(ハマの文字を上下に重ねたデザイン)があって、横浜市が管理しているところであることが分かる。
江ヶ崎跨線橋交差点付近から貨物線

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向こうの高い建物は新川崎地区のもの。この先も市境は住宅地の細い道路上をすすむ。
鶴見区江ヶ崎と幸区小倉の境界付近

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そして市境は鶴見川末吉橋へと出てくる。
末吉橋交差点

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交差点の車の状況がカオス。

◆川が境界

末吉橋

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ここから鶴見川上流に向かってしばらく市境は鶴見川のなか。こちらは左岸、川崎市側の歩道を歩く。末吉橋から川沿いの歩道に出ると河口から6kmの標識があった。ここから7kmのポスト近くの鷹野大橋まで川岸を歩く。(かつて鶴見川を遡って歩いたときのノートが全然まとめられない…。)
鷹野大橋

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この橋の近くで鶴見川に矢上川が合流している。市境は矢上川の真ん中を通る。
鶴見川、矢上川合流点付近

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左が鶴見川上流方向、右から流れ込んでくる矢上川。ここから矢上川のほうへ方向を変える。
八兵衛橋から

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この川の真ん中が市境。写真左は横浜市港北区日吉、右は川崎市幸区南加瀬。
この先で川と市境は北から西の方角へ方向を変える。慶応大学矢上キャンパスの北側あたりである。
東海道新幹線

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新幹線を越え、さらに綱島街道東急東横線と越えてからもうしばらく行くと、突然市境は川から離れて丘の上に登っていく。
市境が川から離れるあたり

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港北区日吉2丁目と中原区木月3丁目境界付近。向こう川の上に小さく見えるのは東急東横線の橋梁。

◆尾根が境界

ここから急坂を登る。

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坂の途中から日吉公園

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向こうは川崎市中原区方向。写っていないが、反対側は東急線日吉駅を中心とした日吉の街、慶応大学キャンパスなどとなる。
一気に尾根に上がる。概算では30mほど標高があがる。ここから市境はほぼ一貫して尾根筋をたどる。そこにはずっと市境に沿って道路があるので、その道路を歩いて行く。
向こう側川崎市立井田病院の建物、道路こちら側港北区下田町二丁目の表示

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同じ道路に川崎市(左)、横浜市(右)のマンホール

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それぞれ市のマークが入っている。

右側に川崎市高津区の標識

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市境は手前の道路から左の奥へ行く道路のうえを通っている。こちら側は横浜市港北区下田町、向こう側は川崎市高津区蟹ヶ谷。
いったん尾根が切れて谷になるところを下る。

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細い道路上が境界。フェンスの向こうは川崎市高津区久末、手前は横浜市港北区高田町から都筑区東山田町。
谷へ下りて中原街道を久末交差点付近で横切り、第三京浜の高架をくぐる。
第三京浜の高架橋

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第三京浜の先は、有馬川という小さな川に沿ってしばらく境界が続く。
有馬川のうえから

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左は横浜市都筑区東山田2丁目、右は川崎市宮前区野川。
この先の打越という交差点付近から市境界は川からまた尾根へと一気にあがる。
尾根上へ一気に上がる市境の道路

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尾根の市境界(左:横浜市都筑区すみれが丘、右:川崎市宮前区有馬7丁目)

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ところどころで幅などは変化するが、横浜市川崎市の境界上にずっと道路が通っている。そしてそこはずっと尾根筋となっている。
尾根の道に交差する道路

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向こう側(川崎市側)からずっと上ってきて、今度は反対側(横浜市側)へ下っていく。(反対側の写真がないのだが)
もうしばらく尾根道を歩いて行くと、突然尾根が一部削られて、そこを国道246号が通っているところへ出る。
国道246号、川崎市宮前区側を望む

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道路際へ下りて、横浜市青葉区側を望む

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横浜市側に向かって下り坂になっている。
尾根が削られている分、こちらも国道246号を越えた先でまた坂を登り返す。
坂の上で、ここも道路真ん中が市境界

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左側横浜市青葉区新石川4丁目、右川崎市宮前区鷺沼2丁目。
東急田園都市線の線路の上を越える

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向こう側は東名高速道路の橋。その向こうはたまプラーザ駅方面。
東名高速の上を橋で越え、その先の分岐のところで本日は終了。
分岐点(横浜市青葉区美しが丘2丁目)

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次回はこの正面に写っている道、ここも尾根道になる、をたどって先へすすむ。本日は左側へ、ここから坂を下ってたまプラーザ駅へ出る。
たまプラーザ駅

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本日はここまで23.4km。だいぶ早く到着してしまったが、ここで区切っておくのが都合よいので、ここでおしまい。
今回の区間は基本的に住宅地のなかの一般道を歩くことになったが、川あり丘あり、工業地帯ありでいろいろ変化も楽しめた。

目久尻川から芹沢川へ歩く 相模原台地から流れ下る川その2

相模原台地から流れ下る川、その2つ目として目久尻川(めくじりがわ)を歩いた記。河口から、今回は源流近くで目久尻川と合流している芹沢川(せりざわがわ)へ途中から入り、そちらの源流の様子を観察してみた。
目久尻川と言っても、有名な川ではないので流域の地元の人以外はあまり知る人はいないだろう。Wikipediaの解説でも、

目久尻川(めくじりがわ)は、神奈川県相模原市南区相武台団地付近を水源とし、高座郡寒川町で相模川に注ぐ相模川水系一級河川

くらいの情報しかない。
目久尻川は、最後は相模川に合流するいたって地味な河川だが、支流の芹沢川の源流には、「相模原台地から流れ下る川その1」でノートにした引地川のような比較的大きな水源地があって、その水は座間市の水道水として利用されている。目久尻川支流の源流であるこの水源地にもしも大きな池があれば、石神井川支流の源流である三宝寺池の関係と同じになるなあ、と地図を見て思ったのが散歩(調査)のはじまり。
行程

まずは河口となる相模川の合流点を目指す。
スタートはJR相模線寒川駅

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ここから相模線寒川支線跡を歩いたことは別途まとめた。

miwa3k.hatenablog.jp

 西寒川駅跡から県道をさらに南に行った、もう少し行けば湘南銀河大橋というところに目久尻川相模川に合流する地点がある。
目久尻川相模川の合流点

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向こうにあるのが湘南銀河大橋。
合流点の少し下流

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目久尻川合流点のすぐ下流には、もうひとつ小さな川、あるいは用水が相模川に流れ込んでいる。目久尻川は富士山の見える下、木がはえているあたりで合流。
ここから上流に向かって歩き出す。
合流目前の手前目久尻川、向こう相模川の流れ

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相模川の河川敷に入ってくるあたり

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向こうで川を跨いでいるのは圏央道
寒川町一之宮5丁目付近の流れ

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県道47号鷹匠橋から上流側

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先に見えているのはJR相模線の橋梁。ここの上流側には隣りを流れる相模川から水道用の水をとる、神奈川県企業庁寒川取水ポンプ場、寒川浄水場などの大規模な施設がある。目久尻川はそれらの施設の間を流れていくが、川沿いを歩ける道がないので迂回する。
水道関連施設を迂回して、川沿いに戻ってくる

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向こうに見えるのは寒川神社の二の鳥居、左奥の建物は寒川神社参集殿。寒川神社相模国一之宮。
寒川神社参集殿手前の端午橋と並行してかかる水道の送水管

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寒川取水場で相模川から取水した水を送り出している。地図では「横浜水道」となっていて、横浜市戸塚区の小雀浄水場へ送られる水のようだ。
宮山大橋

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神奈川県道46号(相模原茅ヶ崎線)が通る。
この橋より上流はしばらく田畑とのんびりした風景が続く。
目久尻川をまたぐ相模川左岸用水路の掛樋(かけひ)

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用水が川を横切るのを掛樋という。これはたしか農業用の用水のはず。季節のせいなのか用水路の水はわずか。この用水路の取水口相模川の磯部頭首工(相模原市南区磯部)、そこから座間市、海老名市などを流れ下って最終的には茅ヶ崎市にまで達している。ずいぶん長い水路だ。
周囲は水田がメインで、ところどころに住宅など。川は寒川町から藤沢市にはいる。
その先も水田地帯

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同じような風景のところをずっと遡っていく。新幹線が見えてくるこのあたりは藤沢市と海老名市の境界付近。
新幹線の高架下をくぐった先で

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使命を終えたであろう橋。
その先は用田橋

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青い送水管とその向こうは用田大橋。用田橋が藤沢市、海老名市、綾瀬市の3市境界地点になっている。送水管は神奈川県内広域水道企業団の綾瀬浄水場とつながっているようだ。用田大橋は最近できた新しい橋で、神奈川県道22号(横浜伊勢原線)が通る。昔は柏尾通り大山道と呼ばれた、東海道戸塚宿から大山へ向かった古い道。
用田橋から上流側には綾瀬市によってサイクリングロードが整備されている。延長は5650mとのこと。風景はこの先も田んぼが多く、のどか。
横須賀市水道の送水管

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水道の送水管があちこちでこの川を横切っている。みんな相模川で取水した水が目久尻川を越えて運ばれている。
道庵橋から上流側

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左側の道がサイクリングロード(綾瀬市吉岡)

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このあたりまでくると両岸の段丘の高低差が目立ってくる。
東名高速道路が横切る

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東名綾瀬バス停もこの近く。
親水施設

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水辺に下りられるようになっている小さな公園。
小園橋のうえから

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川の水はきれいで澄んでいる。
サイクリングロードはここまで。なぜならこの橋より上流は海老名市になるから。サイクリングロード区間は舗装されていたが、再び未舗装の道になる。
相鉄線橋梁

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左は温水プールの建物、正面はマンション

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温水プールとその向こうは海老名市北部公園が広がっている。相鉄線かしわ台駅に近く、周囲は住宅が多くなる。
海老名市北部公園を過ぎてしばらく先へ行くと海老名市から座間市に入る。
座間市に入ってすぐの流れ

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親水施設

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写真右側木が茂っているところの奥、崖下から湧水があるとのこと。その水を引き入れて小さな公園のようにしている。水が湧きだしている場所は個人の所有地のなかで、見ることはできなかった。
県道の橋の下を流れる川

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芹沢(せりざわ)川合流点

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右側奥から流れ込んでくるのが芹沢川。座間市南栗原3丁目付近。
今回はこの先、右側の芹沢川に沿って源流域へ入ってみる。ただし芹沢川の川沿いにすすむ道がないので、もう少し目久尻川沿いに先へ進んでから方向を変えることにする。
合流点の橋のうえから芹沢川上流方向

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県道の栗原交番交差点近くまで目久尻川に沿って行く。
栗原交番付近の目久尻川

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こちら目久尻川はとりあえず今回ここで見納め。この川もこの先4,5km程度で源流に達する。源流は座間市相模原市南区の境界付近である。
ここから200m程度東側を流れる芹沢川の方へ向かう。

芹沢川

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ここで先ほどの合流点から500~600m程度さかのぼったところ。この川の延長は短く、ここからさらに500~600mほどで源流域に達してしまう。
芹沢公園の入口

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先ほどの写真のすぐ先が公園の入口。奥に見える建物は地下水の揚水ポンプ室で、くみ上げた水は座間市上水道として使用されている。「座間市栗原水源」の門標があった。
芹沢川の水がはじめて顔を出すところ

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風景的に下水みたいに写ってしまっているけれど、汚い水ではない。水が湧きだしているのはさらに奥だが、そこからここまでは暗渠のように上に蓋のある水路を通ってくる。その水路の上をマンホールなどをたよりにさかのぼっていくと
源流域の林

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周囲はみんな崖でここは谷底。このあたりで湧き出している水が芹沢川の源流となっているのは間違いなさそう。さらに林の中へ入っていくと
水源の水道施設

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柵があってこの先には進めない。ここでも水をくみ上げているのだと思われる。フェンスの形状が厚木基地(飛行場)で見たものと同じ。ここの水源で取った水は米軍座間キャンプでも使用されていると聞いたことがあるので、もしかするとその施設なのかもしれない。
源流域の谷底から崖を見る

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崖の高さは15mくらいか。
ここは谷筋が2本あるので、崖をのぼって隣の谷へ下りてみる。崖の上は公園の広場として整備されていた。
隣りの谷から

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こちら側は公園として周囲を整備している最中。谷奥の谷頭部分は森だったのだろうけれど木がすべて伐採されてしまっている。この谷からも水が湧きだしていたことは、地面の下に水路が通っているのが確認できたことからも明らかだが、木を切ってしまってはもう大雨のときくらいしか水が流れることはないだろう。
谷底にある水路の蓋

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奥が「整備」されてしまっては、この水路もすでに用無しか。
水とはあまり関係ないが、現在芹沢公園となっているこの場所を含めて周辺は戦時中、高座海軍工廠という、戦闘機雷電を製造する工場と飛行場(滑走路)があり、ここには地下壕がたくさんあった。その解説の看板が公園内にあった。(写真はもう少し拡大表示できるはず)

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公園内の人工池

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冬だからか水も少なく、あまり掃除もされていないようにみえる。
公園内をかるく一周して水源までの散歩を終えた。このあとは相鉄線さがみ野駅へ。

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さがみ野駅は、先に「相模原台地から流れ下る川その1」で歩いた引地川源流、泉の森から帰るときに使った相模大塚駅の隣の駅。引地川の源流も目久尻川(芹沢川)の源流も距離的には2~3kmくらいしか離れていない。水源地の規模、地形的な特徴もよく似ている。

 

miwa3k.hatenablog.jp
この日歩いた距離は24.3km。

国鉄相模線寒川支線跡を歩く 《プチ・ノート》

1984(昭和59)年3月まで国鉄相模線、いまのJR相模線には、寒川から分岐して西寒川に至る支線が存在した。いちばん最初に線路が敷かれたのは1923(大正12)年に相模鉄道によってで、相模川河原の砂利を運搬する貨物線だった。戦時中に西寒川近くの軍需工場などで働く人を運ぶために旅客取り扱いをはじめ、戦後も輸送が続けられたが、相模川の砂利採掘が禁止された事や旅客輸送の採算がとれないことなどで廃止された。
廃止後の線路跡はほとんどの区間で遊歩道や公園として整備され、一部にはレールや車輪のモニュメントなどが残されている。今回、寒川駅から相模川へ向かう途中でこの遊歩道を歩いてきたので簡単なノートにしてみた。
出発はJR相模線寒川駅

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駅を出たら、最初は相模線の線路沿いに北西(橋本方面)に歩く。500mほど行くと県道が相模線の線路をクロスするが、この付近から寒川支線の線路跡が本線の線路から分岐してくる。
分岐地点から西寒川方面を見て

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後ろ側に現在の相模線線路。写真左側にカーブしているのが支線の線路跡で、道路をはさんで向こう側の遊歩道の入口につながる。手前にはコンクリートの柵も残っている。
遊歩道に入ってすぐのところ

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まだ左にカーブしているのがわかる。
残されたレールと車輪

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遊歩道の途中は公園になっていて、公園の車止めの代わりに車輪が置かれている。写真奥の公園内にもレールが敷かれたままになっている。
敷かれたままのレール

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枕木や砂利も残っていて、本当に列車が走ってきても不思議のない風景。
公園の次のブロックにも再び、枕木、砂利つきレール

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寒川駅方向を見ている。この支線は寒川から西寒川に向かってしばらくずっと左へカーブする軌道となっている。
直線区間にはいった軌道

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直線区間にはいるとそろそろ終点

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西寒川駅があったあたり。現在は八角広場。

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国鉄西寒川駅、相模海軍工廠跡の碑

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寒川駅からの距離は1.5kmとなっていた。
河原での砂利の採掘や工場内への引き込み線など、この駅よりも先に線路が伸びていた時期もあったようだ。現在公園の先を通る県道がその線路跡を通っているようにも見えた。
この近くでは2002年に旧相模海軍工廠で製造されたと思われる化学兵器(毒ガス)が発掘され、その容器を触った作業者が負傷する事故も起きたそうだ。

引地川を歩く 相模原台地から流れ下る川その1

東京の山の手から多摩地方には、大昔の多摩川の流れによって形成された武蔵野台地があって、現在はそこから多くの河川が流れ出している。そのうちの神田川善福寺川石神井川には、源流から、あるいは流路の途中に、湧水によってつくられた比較的大きな池からの水が流れている。井の頭池、善福寺池、三宝寺池がそれらの池だ。
神奈川県にも相模川の流れによって形成された相模原(相模野)台地があって、こちらも現在多くの河川が流れ出している。だが武蔵野台地のように、名前を授けられた池などを流れに持っている河川はない。なぜできなかったのだろうという疑問はわく。相模原台地上から流れ出す川のなかで、武蔵野台地神田川石神井川に似た川はあるのだろうか。
地図をながめて目星をつける。最初に、井の頭池などと同じように谷頭地形の湧水から流れがはじまる、引地川と目久尻川をピックアップしてみた。まずはここから調査(散歩)開始。
最終的には相模原台地側に大きな池ができなかった理由などを考察してみたいとは思うけれど、まだまだ全然。まずは観察からはじめないとというわけで、池ができなかった理由は河口から歩いてみる必要はあるのかないのかわからないけれど、武蔵野台地神田川善福寺川妙正寺川石神井川はすでに一応歩いてみたし、相模野台地も歩いてみるほうがいいだろうと、まったくわけのわからない理由ではじまる、2つの川あるき。
その1は引地川。行政的には「ひきじがわ」と読むが、ひきぢがわ、ひきちがわの表記もあり。

引地川 (Wikipediaから抜粋)
洪積台地の相模野台地中央部に当たる神奈川県大和市上草柳の泉の森に源を発し、洪積台地を浸食して谷底平野を形成しながら南流。藤沢市稲荷付近から湘南砂丘地帯へ流れ出て、藤沢市鵠沼海岸湘南海岸公園から相模湾に注ぐ。全長21.3km、流域面積67km2のうち、上流部の神奈川県道45号丸子中山茅ヶ崎線までの4.46kmは大和市管理の準用河川区間、それより下流二級河川として神奈川県の管理となっている。主な支流に蓼川(たてかわ)・不動川・一色川・小糸川がある。中流部の谷底平野には水田地帯が見られ、農業用水として利用されている。取水のための施設として、大和市に川底から取水する「若宮取水口」、藤沢市に「長後堰」「中村堰」「石川堰」が設けられている。1983年(昭和58年)5月6日に「引地川川べり遊歩道」が開通し、1987年(昭和62年)12月10日に旧建設省の「ふるさとの川 モデル事業」の指定を受けて以来、遊水地建設とともに親水護岸などが設置されるなど、市民に親しまれる川への取り組みも進められている。

本日の行程

鵠沼海岸の河口から大和市の泉の森までを1日で歩いた。スタートは小田急江ノ島線鵠沼海岸駅

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駅から河口を目指し、住宅街を歩く。湘南海岸公園の西の端、鵠沼海浜公園との間に引地川の河口がある。
鵠沼橋そばの歩道橋から河口

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引地川河口

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河口から鵠沼橋(国道134号)

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上流に向かって遡上開始。
さきほどの歩道橋から上流側

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引地川下流の様子(藤沢市鵠沼海岸5丁目付近)

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近くには境川が流れるが、雰囲気はそちらとよく似ている。
ゆりかもめ

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長久保緑橋

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対岸は長久保公園。植物園もあるらしい。
長久保緑橋のうえから下流

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東海道線橋梁

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対岸は親水施設のある公園だが、あまり手入れされていないで少々荒れ気味。
東海道線をくぐって少し行くと向こう側に丘陵がみえてくる。

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旧東海道が通る引地橋(藤沢市鵠沼神明4丁目付近)

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国道1号藤沢バイパスが通る引地川橋付近は工事中

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高名橋から下流側(藤沢市城南3丁目付近)

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城下橋から小糸川合流点

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2つの川の間に見える小高い丘は大庭城址、現在は公園になっている。引地川のこのすぐ上流側からは引地川親水公園となる。
引地川親水公園内

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遊水池の堤防(越流堤)のうえから

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石川橋のうえから、上流側の横浜水道引地川水道橋

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相模川の寒川堰で取水した上水道の原水を小雀浄水場に送っている。
上の写真のさらに右側(東方向)

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一色川合流点(藤沢市石川)

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不動川合流点(藤沢市円行)

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合流している不動川の(写真)右側一帯は多摩大学湘南キャンパス。この先は湘南台の住宅地に入っていく。
湘南台橋のうえから上流側

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このあたりで川の水が濁っている。原因はこの上流にあることがのちほど分かる。
上川内橋付近から上流側

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この橋は湘南台橋のすぐ上流側の橋。この上流側が遊水池(下土棚遊水地)の大規模工事中。ちょうどこの上流に引地川と蓼川の合流点があるので水害対策が必要ということらしい。
工事の土砂が川の中にも

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水が濁っているのはこれが原因。元は水田だった場所を遊水地として整備、工事は2006年にはじまって2020年度完成予定となっている。
工事区間は川のそばに寄ることができず、しばらく迂回。
川べりに戻る

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工事区間の上流側に出る。蓼川の合流前となり、川の規模も少し小さくなったようにみえる。
古い武骨な橋があった。(藤沢市長後)

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長後下分(ちょうごしもわけ)第4橋というらしいが、いつできた橋なのかなどその他の情報はつかめず。
長後下分第4橋付近の流れ

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このあたり、武骨なコンクリート橋のほかにも通行禁止になっている橋があったり、護岸も造られてからかなり時間が経っていそう。そろそろ工事が必要かな。
ここからもう少し上流へ行くと藤沢市から大和市にはいる。
福田13号橋から

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中学校の校舎とグラウンドの間に橋が架けられている。学校ができたときからあるのだろうか?
東海道新幹線橋梁

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新幹線線路の南側(下流側)は親水施設もある公園になっている。
車道の一段下、流れに近いところに歩道

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この歩道、両端以外車道へ復帰できる場所がない。いいような、使い勝手が悪いような。
この先は大和市の桜の名所、福田千本桜に至る。
引地川千本桜の並木(1)

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桜並木(2)

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大和市福田。川沿い、約1.5kmに渡って桜並木になっている。歩道もあり、川に下りられるところもある。桜が咲いていなくてもとてもよいところ。なんでもここの桜並木は河川拡張工事によって伐採されることになっているとか。2016年から工事がはじまる計画とのことだけれど、2017年に通ったときはまだはじまっていないようだ。2017年春の桜はまだ大丈夫だろう。
桜並木を過ぎると、川の西側には厚木飛行場、アメリカ海軍と海上自衛隊の厚木基地が迫ってくる。飛行場は引地川からみると段丘の上、一段高いところにある。通ったときも頻繁に飛行機が飛び交い、騒音はひどい。まるで空母のすぐ脇を歩いているような錯覚になる。
基地のすぐ近くで滝を見かけた。

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「猪山の瀧」と刻まれていた。どういう水が流れているのかよくわからない、情報もあまりない。謎の場所。
その先も引き続き、川の向こう側、台地の上は厚木基地という状況。
川の向こうは基地のなか

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川が城の堀のようにも見えてくる。
対岸のフェンスは「川からの侵入を阻止」するためのものだろう。

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対岸、崖の上は飛行場の滑走路も近い場所。
そんなところで、もうすぐ源流に到達する川

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この先で引地川は厚木街道(神奈川県道40号)、相鉄線を2つのトンネルでくぐる。人も川の脇にあるトンネルをくぐる。
相鉄線下の歩道

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このトンネルがなぜか低い。特に厚木街道の下は頭を下げて通る高さ。
2つトンネルを通過すると「ふれあいの森」という公園に出る。公園のなかを引地川も流れる。
ただし静かな公園とは言い難い。

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こんなのが「頻繁に」飛んでくるのだから。
川の方はこの先で東名高速の下をまたトンネルでくぐり、人もその脇を通り、その先は「泉の森」に達する。
東名高速を越えたところ、泉の森手前

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写真右側は草柳園という釣り堀で、その下からの湧水が釣り池に使われているとのこと。その湧水が引地川に合流して流れていく。釣り堀下の湧水が源流のひとつ。
泉の森から川が流れ出すところに堰のようなものが

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池の脇を流れる川

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池は人工のもの。
流れ込む暗渠からの水

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ここから出てくる水は引地川のオリジナルではなく、この公園北側の住宅地域の側溝から集まった雨水と工場の冷却水として使用された水とのこと。これは泉の森排水トンネルと呼ばれているらしい。この付近ではここのトンネルから出てくる水の量がいちばん多い。引地川源流部での水は「ほとんどこの排水」。
泉の森の「泉」からくる水

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そしてこのわずかな流れを追っていくと、国道246号の下をくぐりぬけてから本当の源流部、「引地川水源地」に到着する。
引地川水源地

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フェンスのなかが保護された水源地。引地川を河口から源流までたどることができた。
水源地から最初に流れ出してくる場所

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フェンスの向こうはあまりよく見えなかったけれど、井の頭公園などのような大きな池はない。水は湧き出しているけれどその場にはあまり溜まらず、すぐに流れ出しているといった様子。水道の水源としてくみ上げられてもいるので、溜まらないのはその分の減少もあるのだろう。
保護されている水源の森

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このあと泉の森を少し散策して帰途につく。
帰り際に思った。源流部分の森の中に、東名高速国道246号線など大きな道路が通り、水源や森の保護、維持は大丈夫なのかと心配になるけれど、どうなんでしょう。水源には直接関係ないかもしれないけれど、厚木基地へ離着陸する戦闘機はじめ多くの飛行機の騒音も激しく、環境的には「窮屈」になってしまっているのではないかなと。
相鉄線相模大塚駅

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この日の歩いた距離は25.9km。とりあえず歩いた記録のみ。

大磯・高麗山、湘南平から鷹取山を経て秦野へ歩く

JR大磯駅から旧東海道を平塚方面へ進み、高来神社裏から高麗山へ上がる。八俵山、浅間山と尾根伝いに湘南平千畳敷)に出てから北側に下り、東の池を経由して鷹取山に登る。さらに反対側に下って平塚市北西部の里を歩き、中井町をかすめて秦野盆地に至る、というコースを歩いた。光の春と呼ばれる時期、好天に恵まれ、ずーっと富士山と大山が散歩のお供をしてくれた。
行程

◆大磯から高麗山
東海道平塚と大磯の間に、安藤広重東海道五十三次浮世絵、平塚宿にも描かれた山がある。こんもりとお椀をふせたような特徴ある形で、山というほど高くもない山だが、目立つ。以前東海道を歩いたときにも、あの山へ1回のぼってみようと思わせた。
花水川橋からみた高麗山(東海道から)

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まずここへのぼる。
JR東海道線大磯駅

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駅から平塚方向へ歩き、旧東海道へ出る。
旧東海道の松並木

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さらに歩くと化粧坂交差点で国道1号に合流してから、高来神社の鳥居が現れるのでそこへ道を折れる。
高来神社の入口

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2番目の鳥居から。背景が高麗山

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高来神社

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一応解説板などのせておくけれど、見えないかも(写真はもう少し拡大できる)

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神社境内の奥が登山口。そうしたらなんと、4,50人もの中高年団体ハイカーが、今にも山へ入ろうとしているところ。登山道を塞がれる前に上がってしまえと、散歩とは思えないペースで駆け上がってしまった。(別に邪魔にならなければいいので、駆け上がる必要はなかったのに。これが後々祟る。)登山道男坂、女坂と傾斜の差がある2つのコースがある。男坂でのぼる。
登山道の途中で見る相模湾

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山頂に到着

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高麗山登頂した。標高167.3mとある。周囲は樹木に囲まれてほとんど眺望はないが、平らな場所が小さな広場のようになっていてテーブルやいすも備え付けられている。そして頂上には、かつてあった高来神社の上宮跡だろうか、小さな祠と礎石のような石が残っていた。

◆高麗山から湘南平

高麗山山頂からは湘南平に続く遊歩道を進む。
山頂からすぐ先で北西側を望む

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すぐ下に広がるのは、この後、湘南平を下ってから通ることになるあたり。富士山の右下にみえる小山は鷹取山ではないかと思われる。
遊歩道にかかる木橋

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こんな橋が2か所架けられていた。2つ目のこの橋を渡るとすぐに八俵山(はっぴょうやま)の小さなピーク(160m)に達する。この山には案内板がある程度で特に何もない。
八俵山の先の歩道

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高麗山から湘南平にかけての歩道はずっとこんなかんじ。基本的には尾根伝いを行くが、上り下りも少々ある。
浅間山山頂(181.2m)

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高麗山から1km弱で浅間山(せんげんやま)に達する。ここには一等三角点がある。祠の後ろの黒っぽい枠のなか。
浅間山一等三角点拡大

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日本全国に1000か所弱ある一等三角点のうちのひとつ。なぜここに設定されたのかはよくわからないが、明治時代に測量のためのいちばん基本となる「基線」を現在の相模原市から座間市にかけて設定し(相模野基線)、その二次増大点として設置されたもののひとつがここだそうだ。ここからは相模原、座間方面も望めそうな場所だが、そこの間をまさか目視で測量していたわけではないだろう。
浅間山山頂近くから

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西側に湘南平の電波塔が間近に見える。付近はテーブルとベンチが設置され、簡単な休憩スペース。落葉樹の林なので冬場は陽だまりになっている。
さらに西へすすむと間もなく湘南平

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湘南平に到着

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かつては千畳敷とも呼ばれていたように、山の上にも関わらず、平らで広い。地形学的にはこの地形は、波食台(はしょくだい)が隆起してここまで上がってきたものと言われている。

波食台(wave cut terrace) (コトバンク・ブリタニカ国際大百科事典から)
海岸の岩畳,磯の台と呼ばれる平坦な岩石地形。切立った海岸の崖も海岸浸食が進むと,崖がくずれて後退し,前面に磯波で平らに削られた岩盤の面ができる。波食台は浅い海底でできるが,土地が隆起すると,岩石の海岸段丘となる。
平塚市博物館から)
湘南平が波食台であった時期は12~13万年ほど前の海進期(下末吉海進と呼ばれる世界的な温暖期)であることがわかっています。テレビ塔の南側の遊歩道沿いにはこの波食台の岩盤(高麗山層)が平らに露出しています。波食台上には小さな海浜礫がみられることがあります。この波食台は浅間山や高麗山などでも確認され、湘南平では南西に傾動しています。

ここはテレビ塔、レストハウスなどあちこちに展望台があり、周囲の眺めがとても良い。展望台に上がらなくても十分な眺望がある。
西側 富士山、西丹沢方面。手前は大磯丘陵

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北側 左側表丹沢の山々、右側大山など

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東側 平塚市北部から厚木、海老名方面

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海側へまわって
南西側 伊豆半島、大島(利島も肉眼では見えた)

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南東側 平塚、江ノ島三浦半島、その向こうには房総半島

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東側、高麗山、浅間山などここまで通ってきたところを

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湘南平テレビ塔(平塚テレビ中継局)と広場

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このテレビ塔はかつて金網に大量の南京錠がかけられて有名になったが、訪れたときはすべて撤去されていて何もなかった。
湘南平には北側の道路から車でも上がって来ることができ、駐車場には結構多くの車が駐車している。
テレビ塔反対側のレストハウス兼展望台

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箱根方面がないな、ということでもう1枚富士山(箱根じゃないけど)

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足柄から箱根、真鶴半島などももちろんきれいに見えていた。よい天気で360度絶景を堪能。

湘南平から鷹取山入口

湘南平で眺めを楽しんだ後は、北側の「万田」へ下りる。バスも通る一般道を下りるのが簡単なのだが、歩いてしか通れないところを歩きたい。平塚市HPの高麗山公園ハイキングコースのページにコースマップがあったので、そのCコースというのに従って山を下り、万田滝坂公園に出る予定にしていた。しかしその入口が見つからない。指導標も案内板も見つからない。(湘南平の北、西側は平塚市だが、平塚市の案内は大磯町に比べてあまり充実していない印象)唯一バス通りに「万田→」の標識があったので、途中から歩道が分岐しているのかと進んでいくと、そのまま車道を下りるばかり。
中腹の公園に分岐する小道があったので入り込み、ここからCコースの歩道に抜けられるかと思ったが、これは「子供の森」というところへ入るための道だった。
子供の森へ行く歩道

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子供の森のキャンプ場のなかにあった広場

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その先はどこをどう進んでも行き止まりの袋小路。結局斜面を登り返してバス通りに引き返すことになってしまった。
一般道を下って一応、万田には出た。
ようやく予定のコースに復帰(平塚市万田)

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畑の向こうの山のうえに湘南平のテレビ塔(大磯町寺坂付近)

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しばらく行くと東海道新幹線の線路にぶつかる。しばらく新幹線の脇を歩く。
間近を通過していく新幹線

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写真右端の道を歩いているわけだが。Googleマップで適当にコースを選ぶと、時々こういう道を通る羽目になる…。
おにぎり道祖神

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東の池に到達

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解説はいつものようにこちらで

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まあ、普通の池ではある。夏には蓮の花がきれいだということだが、冬じゃこんなものかな。
池のなかにある厳島神社

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池に寄ってから、鷹取山の入口へ。

鷹取山周辺

鷹取山の入口は東の池から県道を東に少し行き、観音寺の標識があるところを折れる。その先に関東ふれあいの道の指導標がある。
鷹取山への指導標

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右奥の道を行くと竹林の中にはいる。

竹林

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いいかんじの竹林だが、すぐ近くに小田原厚木道路が通っているので車の音がひびく。道路の下をくぐるとすぐに急な上り坂となる。鷹取山に南側からのぼると、上りはじめと頂上近くの2か所、急な上り坂がある。
落ち葉の積もった登山道

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高麗山などに比べると入る人の数が少ないのか、土がむき出しになっているところはあまりない。たしかに人は見かけない。また眺望もあまりよくない。
高麗山に駆け上がったときの疲労がここで出てしまい、思いのほか息が切れ、なかなか上がっていけない。
頂上近くの鷹取神社

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頂上付近も眺望はきかないが、この付近が保護林になっているらしい。神社前にはこの山に入って唯一見かけた人。
神社と頂上は少し離れている。
鷹取山の三角点

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神社の北側に少しだけ高くなったところがあり、周囲の木が切られて少し広くなった場所に三等三角点があった。ちなみに山の標高は219m。ここからも眺望はなし。
鷹取山から湘南平相模湾の景色を見たかったが叶わず、北側にある林道で山を下りる。こちらの道を使えば車でも頂上まで来ることができる。(あまり整備はされていないが)

◆秦野へ

鷹取山頂上から500mほどのところに案内板など

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関東ふれあいの道はここから写真右側へ分岐して、霧降の滝という小さな滝などを経由していくようだ。こちらは左側へ。
しばらく行くと道路の傍らはゴルフ場、農地なども現れ、人里になる。
路傍より

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遠くに見えるのは厚木方面。
なんとひかげに残雪

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遠くにみえる丹沢の高いところにも雪はないのに、目の前にわずかながら雪があった。さわってみたが霜柱などではなく、たしかに雪。
富士山と表丹沢の山々

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びわ青少年の家という施設の前に出る。

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葉の落ちた木に立派なやどりぎ。
立派な門構え

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青少年の家近くの集落で。以前、秦野の三廻部(みくるべ)でもこのような(たぶん)農家の長屋門を見かけたことがある。ここも距離的にはそれほど離れてはいないが、このあたりにはこういう門を構える家が多いのだろうか。
小さな谷戸の風景(平塚市土屋)

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谷戸の奥をのぼっていく

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小さな上り下りを繰り返しながら歩いて行くと、あるところで広い台地の上に出る。平塚市から中井町に入るあたり。
台地の畑から見えた富士山

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広い畑地の農道をずっと進んでいく。台地の北の端まで近づくと
東名高速道路

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秦野中井ICの近く。さらにその先
向こう住宅を抱える小山は、弘法山、権現山、その左後方は大山

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秦野市にはいった。秦野の街は盆地の底にあって、このあたりはその東側、まだ盆地には下りていない場所。これから坂を下っていく。
菅原神社の鳥居と梅

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梅に菅原とくれば当然、天神様。この場所に下りてきて秦野の街中を目指す。(秦野市上大槻)
街中の住宅地にあった湧水、弘法の清水

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もう駅も間近という場所にあった。この水は飲むこともできるようだ。
秦野は盆地の地形のため、湧水があちこちにある。この弘法の清水はそのなかでも特に有名なものらしい。
秦野駅前あたり

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通りの右側、向こう側の通りとの間には水無川が流れる。写真奥側からこちら側へゆるく下がるように町が傾斜している。
信号を左折すると目の前が小田急線秦野駅

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本日はここでおしまい。歩いた距離は21.1km。GPSの記録をみると登った量(高さ)は旧東海道を小田原から箱根まで歩いたときと同じくらいあった。そしてこのコースは逆にたどったほうが歩きやすかったかもと、後からそう考えている。