散歩の途中

iPhoneもって散歩しながらいろいろ観察したノート

黒目川を歩く その1 最初は荒川から遡り、落合川合流点の神宝大橋まで

荒川水系新河岸川の支流である黒目川を上流に向かって歩いた。スタート地点を荒川・笹目橋とし、新河岸川の荒川合流点である朝霞水門まで遡り、黒目川が新河岸川に合流する地点からは、黒目川に沿ってそのまま源流まで辿ってみた。
スタート地点を荒川の笹目橋にセットしたのは、以前、荒川を河口から笹目橋(東京、埼玉の都県境)まで歩いたので、それにつなげて歩いてみるという目論見。
おせっかいのリンクをはっておく。

miwa3k.hatenablog.jp

miwa3k.hatenablog.jp

長くなりそうなのと、途中の支流にも足を伸ばしたので、ノートはいくつかに分けることにする。まず今回はスタートの荒川・笹目橋から。

黒目川行程(西高島平から小平まで)

 

◆1.荒川笹目橋から黒目川の新河岸川合流点まで

以前、荒川を笹目橋まで歩いた後は、都営地下鉄三田線西高島平駅に向かったので、今回はアプローチとしてまずそこへ向かう。

都営三田線西高島平駅

f:id:miwa3k:20170406184823j:plain

駅の北側にトラックターミナルがあり、首都高速新大宮バイパスとの間の道を歩いて行くと、ほどなく新河岸川のほとりに出る。

新河岸川早瀬人道橋から下流

f:id:miwa3k:20170406184824j:plain

新河岸川を渡るとすぐに荒川の土手で、越えると荒川の広い河川敷に出る。

荒川河川敷から笹目橋

f:id:miwa3k:20170406184825j:plain

笹目橋の先で荒川の土手に上がる。橋までは東京都板橋区だが、それを越えると埼玉県和光市だ。

荒川土手の歩道から上流側

f:id:miwa3k:20170406184826j:plain

右側が河川敷の運動公園と荒川の流れ、左側は新河岸川。このあたりは荒川右岸、土手の外側に新河岸川が並行して流れている。前方は東京外環自動車道

荒川、河口から30.0kの標識

f:id:miwa3k:20170406184827j:plain

向こうの斜張橋東京外環自動車道の幸魂大橋(さきたまおおはし)。

東京外環自動車道を越えて

f:id:miwa3k:20170406184828j:plain

幸魂大橋は新河岸川、荒川、彩湖(荒川第一調節池)を一気に越えているので、橋長が1485mあるそうだが、この手の道路はずっと高架橋のような構造なので、どこからが橋なのか見てもよくわからない。
外環道を越えると、道路の高架橋に隠れていた朝霞水門が目前に現れる。和光市朝霞市の境界もこのあたりにある。

左の朝霞水門と右、荒川の流れ

f:id:miwa3k:20170406184829j:plain

朝霞水門、間近から

f:id:miwa3k:20170406184830j:plain

この水門の向こう側は新河岸川新河岸川の水かさが増えたときにこの水門を開き、荒川に水を入れて新河岸川流域の浸水被害を防ぐために設けられているそうだ。なので通常、水門は閉じている。ということは黒目川の水も「通常は」荒川に流れ込まないのであるが、まあそこは、荒川水系と定義されているし、つながらないこともない、ということで。

朝霞水門の後ろ側

f:id:miwa3k:20170406184831j:plain

こちらは新河岸川になる。

新河岸川の上流方向

f:id:miwa3k:20170406184832j:plain

このすぐ先で黒目川が合流している。

 

◆2.黒目川合流点からさかのぼり市場坂橋まで

黒目川については、支流も含めて流域の湧水が豊富で、その湧水を集めて流れる、東京近郊では珍しい清流だという評判を聞いたのがここを歩くきっかけだった。果たしてそれは本当かどうか。

黒目川、新河岸川合流点

f:id:miwa3k:20170406184833j:plain

草むらでちょっとわかりにくいけれど、左から流れ込んでいるのが黒目川、正面奥から新河岸川。白っぽいのは「新河岸川終点」の石標。合流したあとも新河岸川と呼ばれているはずだけれど、なぜ終点なのかは不明。

<追記>思い出した。現在の新河岸川は荒川の脇に人工的に放水路をつくってそこを流れているけど、かつての新河岸川は、いまの朝霞水門のところで荒川に合流していたのだ。だから終点。ということはこの石標は古いもの?

合流点近くの黒目川ポスト

f:id:miwa3k:20170406184834j:plain

この先(たぶん)500mおきにこのポストが立っている。どこまで立っていたか失念(朝霞市内のみ?)。

正面は笹橋

f:id:miwa3k:20170406184835j:plain

合流点からさかのぼって2番目の橋。黒目川の歩道は、この写真のように橋の下を通るようにしてある箇所が多い。車の通る道路を横断しなくてよく、ありがたい。また、河川敷の水辺の近くを歩ける場所が多いのもうれしい。

城山の解説、じゃなくて城山の向こうにある湧水の解説になっている

f:id:miwa3k:20170406184836j:plain

川沿いに小高くなった城山(公園)があり、その解説なのかと思ったら違った。城山は中世戦国時代の山城(というか砦みたいなもの)、「岡城」があった跡だそう。

朝霞市総合福祉センター近くにて

f:id:miwa3k:20170406184837j:plain

このあたり河原の桜はちらほら開いていた。川の水は、濁りは見えないが、きれいとも汚いとも。ひとことで言っちゃうと普通の川の水。

岡橋の下流側から

f:id:miwa3k:20170406184838j:plain

ここも橋の下に歩道を通している。車を気にしなくていいのは、大げさじゃなく、ほんとに有難い。歩きやすい。

浜崎黒目橋

f:id:miwa3k:20170406184839j:plain

特徴的な形の橋は、歩行者専用橋。橋の一方は鉄道の駅に通じ、もう一方は大学のキャンパスなどがあるので人の往来が多い。

東武東上線の橋梁

f:id:miwa3k:20170406184840j:plain

浜崎黒目橋のすぐ上流側が東上線
東上線高架をくぐると向こう側は桜並木。

桜まつりの準備中

f:id:miwa3k:20170406184841j:plain

でもかんじんの桜が、まだほとんど咲いていない。もう少しで咲き始めるという状態なんだけど。

振り返ってみても、やっぱりまだ咲いていない

f:id:miwa3k:20170406184842j:plain

桜並木のもう少し先から下流方向

f:id:miwa3k:20170406184843j:plain

このあたりまで川の様子は、なだらかな土手、自然の川、という雰囲気だった。
さらにその上流では、コンクリート護岸になってごく普通の河川になってしまう。

国道254号(川越バイパス)新座大橋

f:id:miwa3k:20170406184844j:plain

新座大橋間近から

f:id:miwa3k:20170406184845j:plain

この橋のところが朝霞市新座市の境界になっている。地図を見るとこのあたり、両市の境界が川にまとわりつくように向こうとこっちを行ったり来たりしている。かつては川が激しく蛇行していた名残りだろう。

新座大橋の先で

f:id:miwa3k:20170406184846j:plain

現在の川の流れは直線化されてこのとおり。周辺の公園やマンション、商業施設などは、蛇行していた川が流れていたところを埋めて造られたと推測できる。はて、市の境界上につくられた建物の住所はどうなるのだろう?
しばらく先へ進むと、川の右岸側が台地になって、その縁を水が流れるようになる。その台地へ上がっていくような、特徴的な橋が現れる。

市場坂橋

f:id:miwa3k:20170406184847j:plain

台地の上は自衛隊朝霞駐屯地、訓練場や新座市営霊園など。そちらへつながる道路の橋が坂の傾斜をつけたまま、架かっている。

市場坂橋の上から

f:id:miwa3k:20170406184848j:plain

橋を渡って川の右岸側へ下りたところで、もう1本の橋脚

f:id:miwa3k:20170406184849j:plain

 

◆3.妙音沢

この橋の上流右岸側は「妙音沢」と呼ばれる場所で、湧水がある。水は複数の箇所から湧いていて、そこから2つのいずれも短い沢が流れをつくり、最後は1つにまとまって黒目川に流れ込んでいる。

妙音沢の水の流れ、ひとつ目

f:id:miwa3k:20170406184850j:plain

こちらの沢の湧水地点は、人工的な護岸になってしまっていた。

蛇篭で斜面が保護された湧水地点

f:id:miwa3k:20170406184851j:plain

もうひとつの沢

f:id:miwa3k:20170406184852j:plain

湧水点付近にて

f:id:miwa3k:20170406184853j:plain

少なくとも写真右上と右下の2ヶ所から、水が湧きだしているのが分かった。まわりに転がっている石は、沢を保護するために外から持ち込まれ、置かれたものが散らばってしまったもの。

水の流れ、ふたつ目

f:id:miwa3k:20170406184854j:plain

どちらの沢も水は澄んでとてもきれいだし、流量もそこそこあるようだ。ただ、宅地化などで沢の周囲の森が小さくなり、水に流された土の自然供給も追い付かなくなっているよう。沢の周囲の木の根がむき出しになっているのが痛々しい。この先、沢の保護は簡単ではなさそう。

妙音沢の黒目川への合流

f:id:miwa3k:20170406184855j:plain

最後に解説

f:id:miwa3k:20170406184856j:plain

 

◆4.新座市内の黒目川、妙音沢より上流

妙音沢のすぐ上流側の黒目川

f:id:miwa3k:20170406184857j:plain

ここでも向こう岸のソメイヨシノはまだつぼみ。ここを歩いた時はすでに東京都心で桜が開花したと言われたものの、その後寒い日が続いて、都心以外の花はなかなか開かない。(2017年は都心でも花の開き方は結構ばらばらで、満開宣言された後でも花が開いていない木があったり、一斉に咲きそろう、というようにならなかった。<後から付け足し>)

関越自動車道を越えた先で振り返って

f:id:miwa3k:20170406184858j:plain

こちらはソメイヨシノではないけれど、花は見ごろ。向こうを横切っているのが関越道、交通情報などでよく聞く新座料金所の近く。(新座市道場付近)

新座市石神2丁目付近

f:id:miwa3k:20170406184859j:plain

栗原橋を振り返って(新座市石神3丁目付近)

f:id:miwa3k:20170406184900j:plain

その付近の川の流れ

f:id:miwa3k:20170406184901j:plain

水量豊富な清流、落合川との合流点に近づいていることもあり、この付近の水量も豊富で水も結構澄んでいる。川の中から顔を出している草はたぶんクレソンだと思う。

神宝大橋の上から下流

f:id:miwa3k:20170406184902j:plain

この橋が埼玉県新座市と東京都東久留米市との境界。

黒目川の旧流路跡

f:id:miwa3k:20170406184903j:plain

神宝大橋の右岸すぐ下流側に合流する流路があった。これは黒目川が蛇行していた頃の旧流路で、1970年代まではこちらを黒目川が流れ、河川改修後、現在の流れに改められている。旧流路は現在の川幅よりだいぶせまく、浅い。そして左端に「埼玉県」と書かれた、県境界標だろうか、がある。

神宝大橋上流側を望む

f:id:miwa3k:20170406184904j:plain

流れが二手に分かれている。右側が黒目川、左側は落合川だ。支流の落合川のほうが川幅が少し広く見える。
都県境まで遡ってきて、落合川の合流点に到着。長くなるのでノートその1はここまでとする。その2では黒目川の源流まで辿る予定。その後落合川とその支流のいくつかにも足を伸ばす。

桜の花待ち、箸休め《プチ・ノート》

去年(2016年)のいまごろは、もう桜が満開だったよなあ、と思い出した。今年は満開になるには、まだ、あと何日かかかりそう。
ちょうど去年の今頃、青春18きっぷで旅に出ていたので、そのときのアルバム。ちょっとブログの箸休め。桜を中心に。
東海道線で西へ

彦根

f:id:miwa3k:20170402173155j:plain

f:id:miwa3k:20170402173156j:plain

f:id:miwa3k:20170402173158j:plain

f:id:miwa3k:20170402173157j:plain

◆飛騨古川

f:id:miwa3k:20170402173159j:plain

f:id:miwa3k:20170402173200j:plain

f:id:miwa3k:20170402173202j:plain

f:id:miwa3k:20170402173201j:plain

f:id:miwa3k:20170402173203j:plain

f:id:miwa3k:20170402173204j:plain

◆高山

f:id:miwa3k:20170402173205j:plain

f:id:miwa3k:20170402173207j:plain

f:id:miwa3k:20170402173206j:plain

f:id:miwa3k:20170402173208j:plain

f:id:miwa3k:20170402173209j:plain

f:id:miwa3k:20170402173210j:plain

◆木曽馬籠宿

f:id:miwa3k:20170402173211j:plain

f:id:miwa3k:20170402173212j:plain

f:id:miwa3k:20170402173213j:plain

f:id:miwa3k:20170402173214j:plain

f:id:miwa3k:20170402173215j:plain

◆木曽妻籠宿

f:id:miwa3k:20170402173216j:plain

f:id:miwa3k:20170402173218j:plain

f:id:miwa3k:20170402173217j:plain

f:id:miwa3k:20170402173220j:plain

f:id:miwa3k:20170402173219j:plain

中山道奈良井宿

f:id:miwa3k:20170402173221j:plain

f:id:miwa3k:20170402173222j:plain

f:id:miwa3k:20170402173224j:plain

f:id:miwa3k:20170402173223j:plain

f:id:miwa3k:20170402173225j:plain

◆上田

f:id:miwa3k:20170402173226j:plain

f:id:miwa3k:20170402173228j:plain

f:id:miwa3k:20170402173227j:plain

◆北国街道海野宿

f:id:miwa3k:20170402173229j:plain

f:id:miwa3k:20170402173230j:plain

f:id:miwa3k:20170402173232j:plain

f:id:miwa3k:20170402173231j:plain

◆小諸

f:id:miwa3k:20170402173233j:plain

◆越後湯沢

桜を追い越してしまいましたので、ぽんしゅ館のラベル一覧で

f:id:miwa3k:20170402173234j:plain

◆只見

福島県只見町、只見駅

f:id:miwa3k:20170402173235j:plain豪雪地帯なのに雪がほとんどありませんでした。

久慈川

茨城県大子町

f:id:miwa3k:20170402173236j:plain

このあと水戸をまわってきました。

横浜市・内周 #4 保土ヶ谷区岡沢町から港南区上大岡東まで

横浜市のまわりをぐるぐると、外周、内周あわせて10回も歩いていた。ちょっと食傷気味かな? 何も一気にやらないで、ほかの場所も歩きながらこちらも歩く、というようにやればよかったかななどといまになって考えているけれど、とにかく今回が10回目でこれで最後、一区切りをつけよう。
今回歩くのは、保土ヶ谷区岡沢町と神奈川区三ッ沢上町の境界から、保土ヶ谷区、南区の東側の縁を南下、港南区に入って、内周の出発点であった上大岡東までとなる。
横浜市内周#4 行程

(本日のGPSの軌跡は所々乱れ気味、何かあった??)

アプローチは横浜市営地下鉄ブルーライン三ッ沢上町

f:id:miwa3k:20170331215758j:plain

今日のスタート地点は前回の離脱点、三ッ沢公園入口交差点

f:id:miwa3k:20170331215759j:plain

まずは三ッ沢公園を目指す。この交差点の近くから首都高速の方へ上っていく細い道があるので、そこへ入る。結構急な坂を登って首都高神奈川2号線を陸橋で越えると三ッ沢公園の端に出る。陸上競技場の脇を回ると区の境界線が公園の少し外側へはみ出すところがあるので、忠実にトレースするため、外側の斜面になっているところへ出る。

三ッ沢公園の外周から

f:id:miwa3k:20170331215800j:plain

そしてニッパツ三ッ沢球技場の脇へ出る。

ニッパツ三ッ沢球技場のスコアボードと照明

f:id:miwa3k:20170331215801j:plain

ここはサッカーJリーグの試合などもよく行われる場所。グラウンドに通じる扉がほとんど閉められていて外側からは内部がほとんど見えなかった。
三ッ沢公園は丘の上にある。上がったら下りる。

三ッ沢の丘から斜面を階段で下りる

f:id:miwa3k:20170331215802j:plain

そして正面向かいの丘に今度は上る。
前回歩いたところは今回よりも内陸側で、丘の尾根道が長く続いていたのだが、このあたりは海にも近く、地形的に海や川の影響で侵食も進んでいる場所が多いので凸凹が多く、傾斜もきつい。高低差としては数十メートルではあるけれど上り下りを繰り返すと歩いていて結構きついものがある。

向かい側の丘に上がって、通ってきた方を振り返る

f:id:miwa3k:20170331215803j:plain

先ほどの球技場の照明塔や下りてきた階段が小さく見えている。

急な崖のある台地(丘)と低地がいくらでもあって、境界線はそこを上がったり下りたり

f:id:miwa3k:20170331215804j:plain

丘の先っぽまで来たのでこの先下る。保土ヶ谷区宮田町1丁目付近

f:id:miwa3k:20170331215805j:plain

急な坂を下りると低地に出て、旧東海道の道筋に出会う。ちょうど旧東海道と旧八王子街道の追分近くに出た。旧東海道に沿って保土ヶ谷宿方向へ少し進む。

洪福寺松原商店街と現在の八王子街道交差点から

f:id:miwa3k:20170331215806j:plain

八王子街道洪福寺交差点付近で

f:id:miwa3k:20170331215807j:plain

保土ヶ谷区との境界は西区。境界線に沿って道路の角をジグザグに進み、帷子川(かたびらがわ)に出る。

帷子川に架かる水道橋上から、今井川との合流点

f:id:miwa3k:20170331215808j:plain

この先すぐ相鉄線西横浜駅で、陸橋で相鉄線JR東海道線などの線路を越え

f:id:miwa3k:20170331215809j:plain

また別の陸橋で国道1号を越える。

国道1号西横浜駅前交差点陸橋から

f:id:miwa3k:20170331215810j:plain

国道1号を西へ少し進む。

西区久保町付近、保土ヶ谷区との境界

f:id:miwa3k:20170331215811j:plain

ここから南側にある丘へ、また階段で上がっていく。

階段の途中から

f:id:miwa3k:20170331215812j:plain

こちらの丘は、横浜の人が俗に「久保山」と呼ぶ場所で、昔からある大きな市営の霊園、久保山墓地が有名。保土ヶ谷区と西区の境界はその墓地のまわりを廻るように通っている。ちなみに墓地は西区側。

墓地周辺の道路から

f:id:miwa3k:20170331215813j:plain

寺院、斎場、霊堂、石材店、お茶屋さんなど、そちら関係で必要なものは全部賄えるストリートである。
そしてこの道路を歩いている途中で、保土ヶ谷区から南区に入り、今度はゆっくりと坂を下っていく。久保山霊堂入口交差点で大きな市道(藤棚浦舟通り)に右折して入り、また坂を下る。

霞橋

f:id:miwa3k:20170331215814j:plain

「久保山」のバス停近くに架かるアーチ型の陸橋。霞ヶ丘と南区の三春台とを結ぶ区界に建つ。大正2年に建設されたが震災被害に遭い、現在の橋は、近くの公衆便所と共に、昭和3年に建てられた二代目。レンガ壁と門柱は大正当時のものが残されたその重厚な佇まいは市認定歴史的建造物の指定を受け、「かながわの橋100選」にも選ばれている。かつては橋の下を市電「浦舟行き」が通っていた。(横浜市西区HPから)

この通りを三春台から「浦舟」方向へ下っていくと、対向側の区は西区から中区に変わり、坂を下り切った先で京急線黄金町駅前に出る。

京急線黄金町駅前から

f:id:miwa3k:20170331215815j:plain

線路を横切ってさらに先へ行くと大岡川に架かる太田橋を渡る。

太田橋の南詰から

f:id:miwa3k:20170331215816j:plain

ここから川沿い上流側、写真だと左方向に少し進む。

太田橋の隣、栄橋

f:id:miwa3k:20170331215817j:plain

このへんは、子供の頃を横浜市で過ごした人は学校でたぶん必ず習っている「吉田新田」の内側。

吉田新田(Wikipediaから抜粋)
現在の神奈川県横浜市中区および南区に跨る地域で開墾された新田。江戸時代前期に吉田勘兵衛によって開墾された。近代横浜の枢要部である関内地区の外側の、南西側に伸びる低地の市街地の多くは、この吉田新田の開発により陸化された土地であり、その意味で、横浜発展の基礎を築いた新田であるといえる。
この地域は、北側に野毛山、南側に山手の標高40mから50m程度の洪積台地に挟まれた谷戸状の地形であり、縄文海進によって溺れ谷となった入江となっていた。この入江そのものは、大岡川によるその後の堆積によっても埋まらないままであったが、湾口に砂洲が伸びて、村落が形成されていた(横浜村)。この入江の沿岸では、横浜村や野毛村などの村民が、少ない田畑を耕作したり、入江に塩田を開いて生活していた。この入海が埋立てに適していることに目をつけた江戸の材木商である吉田勘兵衛(吉田勘兵衛良信)は、明暦2年(1656年)に江戸幕府から、埋立て・新田開発の許可を得た。村民は広い田地を求めて賛同し、技術面では黒田助兵衛(くろだすけべえ)が請け負い、開発が始まった。

富士見川という、新田の昔の水路(現在は暗渠もしくは埋立て)跡の公園を折れ、阪東橋公園、大通り公園と、これらも元は新田の水路だったのではないかと思われる長細い公園の区界に沿って歩く。

大通り公園、よこはまばし交差点付近

f:id:miwa3k:20170331215818j:plain

写っていないけど、この交差点に公園と直交して横浜橋商店街という、昭和の雰囲気の、とてもにぎやかな商店街がある。
伊勢佐木警察署、中消防署のある交差点で大通り公園から折れ、中村川と上を首都高の通る通りまで行く。

上は首都高速神奈川3号狩場線、左下は中村川が流れる

f:id:miwa3k:20170331215819j:plain

中村川は吉田新田の南端を流れる川で、新田開墾時につくられた。この川を写真前方に下っていくと横浜中華街、元町商店街を経て山下公園に至る。本日は途中で折れて、山手の丘へと上がっていく。
山手の丘へは、石川小学校脇の遊行坂で上がる。ここも立派な長い急坂。
丘の上へ上がると左折して打越橋へ。

打越橋を渡る

f:id:miwa3k:20170331215820j:plain

親柱のところから北側横浜中心部方面

f:id:miwa3k:20170331215821j:plain

同じく、橋のアーチを望む

f:id:miwa3k:20170331215822j:plain

橋を渡った先で下の通りへ下り、山元町へ

山元町交差点からみた打越橋

f:id:miwa3k:20170331215823j:plain

ここも霞橋同様、台地を開削した切通し道路上に架けられた陸橋。竣工は1928(昭和3)年、「かながわの橋100選」にも選ばれ、アーチ橋で、かつて市電が下を通っていたなど、共通点が多い。

寺院裏(東漸寺)の路地から

f:id:miwa3k:20170331215824j:plain

山元町から、平楽へ区界は細かく折れ曲がりながら通っているので、こちらも入り組んだ路地をあちこち入り込んでトレースしてゆく、時々道を間違えながら。
根岸共同墓地の北縁を通って、さらに高い場所へ出ると根岸米軍住宅にぶつかる。

米軍住宅との境界道路

f:id:miwa3k:20170331215825j:plain

防衛省仕様(?)のフェンス(国境)があって中へは入れない。中区と南区の境界は米軍住宅のなかを通過するので迂回。横浜市の周囲を回っていて米軍関係の迂回は3回目かな。ここの住宅地も日本への返還が合意されていて、すでに住人はいないはずなのだが、いまだ手付かず。

住宅入口ゲート近く

f:id:miwa3k:20170331215826j:plain

その付近から横浜中心部方面のながめ

f:id:miwa3k:20170331215827j:plain

山手の台地の端にあるので眺望はどの方向も「実に良好」。その代り交通はちょっと不便なのでは、街や最寄りの駅などは急坂の下にあって車必須でしょう。

そしてまた長い坂を下る

f:id:miwa3k:20170331215828j:plain

坂の途中から

f:id:miwa3k:20170331215829j:plain

次には向かいに見える丘(台地)に上がることになる。台地の間には掘割川という川が流れる。

掘割川中村橋付近

f:id:miwa3k:20170331215830j:plain

川沿いに下って次の天神橋を渡ると、米軍住宅のなかを通ってきた区界(南区と磯子区の境界に変わっている)に出会う。

南区磯子区境界

f:id:miwa3k:20170331215831j:plain

向こうの木のない丘のうえが米軍住宅地。

米軍住宅側の丘から見えていた対面の丘(台地)へ上がって振り返る

f:id:miwa3k:20170331215832j:plain

磯子臨海部側の眺め

f:id:miwa3k:20170331215833j:plain

海の向こうは房総半島。
この先、滝頭、岡村といった横浜市内ではわりと古くからある地名の、現在は住宅地内を、相変わらずアップダウンは激しく歩く。とりわけて特長のない住宅地を過ぎると久良岐公園に出る。公園内を区の境界が通る。

久良岐公園の池

f:id:miwa3k:20170331215834j:plain

公園内に保存されていた横浜市電

f:id:miwa3k:20170331215835j:plain

市電の通っていた道路が登場したので電車のほうも。(ちなみにこの公園は実際に市電は通っていなかったと思う)

公園内の広場

f:id:miwa3k:20170331215836j:plain

公園を出て上大岡方面へ進む。

台地の端から上大岡方面の街並み

f:id:miwa3k:20170331215837j:plain

いよいよこの丘から下りたところがゴール地点になる。

急坂を下りる

f:id:miwa3k:20170331215838j:plain

途中階段などもあって、一気に低地にまで下りていく。

下り切るとすぐに「上大岡小学校西交差点」

f:id:miwa3k:20170331215839j:plain

左側の高架は京急線
ここが横浜市・内周のスタート地点なので、一周してもとへ戻ってきたことになる。ゴール、お疲れ、長いことお付き合いありがとうございました。やっと終わりの横浜市ぐるぐる。
このあとは上大岡駅まで勢いで歩いて、本日の歩行距離は22.3km。あまりあてにならないけれど、内周4回のうち一番上り下りした高低差が大きかったのが今回(#4)だった。

おまけ

 

miwa3k.hatenablog.jp

 

miwa3k.hatenablog.jp

 

miwa3k.hatenablog.jp

横浜市・内周 #3 旭区笹野台から保土ヶ谷区岡沢町まで

横浜市の内周、3回目は旭区笹野台と瀬谷区三ツ境の境界から、保土ヶ谷区岡沢町と神奈川区三ッ沢上町の境界まで、旭区の西側から北側へ、さらに保土ヶ谷区の北側境界を歩くことになる。

横浜市内周#3 行程

スタートは前回の離脱点、相鉄線三ツ境駅

f:id:miwa3k:20170327200247j:plain

駅のすぐそばが旭区と瀬谷区の境界であり、武蔵国相模国の境界。そこからしばらく境界線は道沿いに伸びているのでたどるのは楽。前回歩いてきた相武国境の道の続きを歩いて行く。

国境の道(三ツ境駅近く)

f:id:miwa3k:20170327200248j:plain

中原街道を越えて、瀬谷高校入口の近くまで来ると、国境の道は瀬谷市民の森のなかへ入っていく。ここからは車は入れない。

瀬谷市民の森入口

f:id:miwa3k:20170327200249j:plain

この森の中では国境の道は「野境いみち」となっている。
市民の森のなかで「野境いみち」

f:id:miwa3k:20170327200250j:plain

森を突き抜けると、広い原野のような場所に出る。ここはかつて米軍上瀬谷通信施設と呼ばれる、在日アメリカ海軍基地だった。現在は施設、土地ともに日本に返還されているが、敷地の一部にはまだ立ち入ることができないところがある。

米軍上瀬谷通信施設の一部を望む(3枚)

f:id:miwa3k:20170327200251j:plain

f:id:miwa3k:20170327200252j:plain

f:id:miwa3k:20170327200253j:plain

日本に返還されたのは2015(平成27)年とのことだが、まだ一部フェンスに取り囲まれた場所の内部には入れない。中に人の気配はなく、朽ちかかっている建物などもあるが、出入りが可能な周囲の広大な土地も含めてまだ手付かずの状態。なんでも敷地の広さは2.4平方キロあるそうで(瀬谷区の15%を占める)、もったいないといえばもったいないけれど、このままにしておくのもいいんじゃないかなとも思う。
ところで旭区、瀬谷区の境界線は、フェンスに囲まれた内部を通過するところがあるため、そこは東側を迂回して通ることになった。
上瀬谷通信施設の北側へぬけると八王子街道(旧国道16号)にぶつかり、そこを渡ると卸本町(卸センター)に入る。

横浜卸センター入口

f:id:miwa3k:20170327200254j:plain

ここは卸売問屋街、東名高速ICや国道16号、246号にも近いので物流基地になっているところ。特に入り込んで楽しいような場所ではない。

その北隣りは横浜市川井浄水場

f:id:miwa3k:20170327200255j:plain

横浜市西部に供給する上水道浄水場で、横浜市内では一番古く、1901(明治34)年にできたとのこと。
以前、横浜市の水道みちを歩いたときにここを通過している。

 

miwa3k.hatenablog.jp

 なぜかこの先、このとき歩いた道をまた歩くことになった。
浄水場のさらに北へ出ると国道16号保土ヶ谷バイパスへ。ここもついこの間、横浜市の外周を歩いたときに近くまで来ている。

保土ヶ谷バイパス高架下(川井浄水場裏口交差点)

f:id:miwa3k:20170327200256j:plain

この交差点の先100mくらいで横浜市と町田市の境界になるが、その地点は瀬谷区緑区が接していて、現在歩いている旭区は惜しくも外周境界に出ていない。(まあ、どうでもいい話)
バイパスを越えると反対側の境界は瀬谷区から緑区に変わる。その先若葉台という大きな団地の周囲へ。

若葉台団地、団地西側のほう

f:id:miwa3k:20170327200257j:plain

ここまでほぼ北方向へ歩いてきたが、このあたりから旭区の北側を東向きに歩いて行く。団地を回り込んで三保市民の森へ。

三保市民の森の案内板

f:id:miwa3k:20170327200258j:plain

ここの尾根道が旭区と緑区の境界線。こちらはすでに相武国境ではない。

尾根道のとなりはまだ若葉台団地の東側

f:id:miwa3k:20170327200259j:plain

三保市民の森の中を通る、横浜水道導水路

f:id:miwa3k:20170327200300j:plain

先ほどの川井浄水場から、上水道にするための水をこのコンクリートの下に通していて、その上を歩いている。公園の歩道ではないのだが通るのは構わないし、この上が一番歩きやすい。

この下も導水路

f:id:miwa3k:20170327200301j:plain

三保市民の森の端のほうへ

f:id:miwa3k:20170327200302j:plain

ひとつ谷戸を越えると、横浜動物園ズーラシアのある、動物の森公園の丘へ入っていく。この付近は正確には区境ではないのだが、山がちで通れる道が少ないので、近くを迂回。そして横浜市のイベント工事があってさらに迂回しなければならないことも把握済み。

ズーラシアの方へ行く道は塞がれている

f:id:miwa3k:20170327200303j:plain

この先は「全国都市緑化よこはまフェア」会場の工事で通行止めになっている。昨夏に、先ほどの導水路を追いかけながら通ったときも同じ状態だった。(もう少し後だったら会場がオープンしていて出入りできたのだが)
それでもほどなく境界の道へ。

ひかりが丘団地近くの道路

f:id:miwa3k:20170327200304j:plain

ここも尾根のうえ、この先はほとんど丘の尾根道をすすむことになる。

県立四季の森公園へ続く歩道

f:id:miwa3k:20170327200305j:plain

団地の脇へ突然出たりして時々道筋がわからなくなるが、人通りが結構あるので進路は間違えないというかんじ。

県立四季の森公園

f:id:miwa3k:20170327200306j:plain

f:id:miwa3k:20170327200307j:plain

このあたり森を残して公園になっているところが多い。ここはなんとか市民の森でなく、県立の公園。県でも市でもそれほど差は感じないけど。

四季の森公園の先、長坂谷公園のグラウンドから北方向を望む

f:id:miwa3k:20170327200308j:plain

いまいるところは東西に長い丘の尾根上で、北側は鶴見川などが流れる低地、その先はまた丘になっている。

民家の庭ごしに北方向を望む

f:id:miwa3k:20170327200309j:plain

丘の尾根道

f:id:miwa3k:20170327200310j:plain

フェンスのところで崖になって向こう側は低くなる。保土ヶ谷区上菅田町と緑区竹山町境界付近。旭区から保土ヶ谷区の境界に変わった。

向こうの右から左の方へそしてこちらへ、高台を通ってきた

f:id:miwa3k:20170327200311j:plain

正面下は竹山団地。
この先でカウンター側の区が緑区から神奈川区に変わるが、保土ヶ谷区神奈川区の境界もずっと尾根筋の道路上にのびているので、坂を上り下りしなくて済むのはありがたい。

境界が向こう側神奈川区に変わって

f:id:miwa3k:20170327200312j:plain

フェンスの向こうは旭硝子の研究所敷地。

羽沢橋

f:id:miwa3k:20170327200313j:plain

環状2号が下を通っている。下の道路をつくるときに尾根を切り崩したのでここが橋になっている。ここの手前で東海道新幹線が横切っているが、新幹線は尾根の下をトンネルでぬけている。

古い住所看板

f:id:miwa3k:20170327200314j:plain

結構古い看板だ、というのは右下の電話番号、市内局番が2桁。ちょっとしらべてみたところ、横浜市の市内局番が2桁だったのは1960年代までらしい。

区の境界が鋭角に折れ曲がる場所

f:id:miwa3k:20170327200315j:plain

何ということのないY字路だが。左側の道の向こうから歩いてきて、鋭角に曲がって今度は右側の道へ歩いて行く。真ん中に見える家は神奈川区で、道の左右はいずれも保土ヶ谷区、写真後ろ側も保土ヶ谷区という地点。地図を見たほうがわかりやすい。
ちょうどこの場所は2つの尾根筋が合流しているような地形の場所だった。

右側の尾根道を進む。

f:id:miwa3k:20170327200316j:plain

周囲の風景は特に変化はなく、ずっと住宅地のなか。

と思っていたら、畑の向こうに横浜みなとみらい地区の高層ビルがにょきにょきする風景

f:id:miwa3k:20170327200317j:plain

保土ヶ谷区峰沢町付近。まだこんなところに畑があるとは知らなかった。

反対側も畑

f:id:miwa3k:20170327200318j:plain

そしてその先で第三京浜を陸橋で横断

f:id:miwa3k:20170327200319j:plain

第三京浜を越えると境界線は県道にぶつかり、それに沿って丘から下りていく。

神奈川県道13号片倉町入口交差点付近

f:id:miwa3k:20170327200320j:plain

さらに三ッ沢公園入口交差点に向かって下る

f:id:miwa3k:20170327200321j:plain

三ッ沢公園入口交差点に達する

f:id:miwa3k:20170327200322j:plain

本日はここで離脱。保土ヶ谷区岡沢町と神奈川区三ッ沢上町の境界である。

横浜市営地下鉄ブルーライン三ッ沢上町駅へ

f:id:miwa3k:20170327200323j:plain

ここまでこの日は23.7km。久々に足の指にまめをつくってしまったけれど、横浜市のまわりをぐるぐる回るのも残り1回。