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散歩の途中

iPhoneもって散歩しながらいろいろ観察したノート

相模川を歩く その2 厚木から相模原・大島まで

神奈川県を流れる代表的な川、相模川。前回、河口から厚木まで歩いた。

miwa3k.hatenablog.jp

今回、厚木から上流に向かってその先を歩く。

前回の離脱点は小田急相模川橋梁の下流側、旭町付近だったのでまずそこへ向かう。
小田急本厚木駅東口

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駅から7,8分歩くと川と並行する県道に出る。そこから適当に路地を入って堤防沿いの道路へあがる。そこから北へ、川沿いに遡上スタート。
すぐに小田急小田原線相模川橋梁をくぐる。
鉄橋の先から

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鉄道橋の下、向こうに見えているのは圏央道の海老名IC。
そして反対側はすぐに相模大橋

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相模大橋は現在神奈川県道40号が通っているが、以前は国道246号が通っていた。相模川の対岸から厚木の街中に直接入るほぼ唯一の橋だったので交通量が非常に多かった。現在はすぐ上流側にあゆみ橋がある。
あゆみ橋

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ここで橋を渡って対岸(左岸)へ。
あゆみ橋の上から

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この橋の形式はバスケット・ハンドル型ニールセン・ローゼ橋というらしい。
河口からここまでずっと右岸を歩いてきたが、はじめて左岸へ出る。右岸はこの橋の上流で中津川、小鮎川が合流して迂回が必要になることと、ずっと左岸側を通っていた圏央道が右岸側へ渡ってくるため。高速道路の高架近くをずっと歩くのは圧迫感がある。
対岸は海老名市。橋を渡ったあたりは圏央道の工事の名残りなのか、地上部分が依然整備中で未舗装の仮道がダンプの往来になっていたりする。工事用の道路なのか遊歩道の一部なのかわからない状態のところを通る。
中津川、小鮎川の合流地点を望む

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合流する川の流れは1本に見えるが、相模川に合流する直前で中津川と小鮎川が合流している。その場所はここからははっきりしない。
そのすぐ上流側で圏央道が対岸へ渡っている。
圏央道相模川

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このあたりは歩道が復活しているが、すぐ脇が工事中だったりする。でも圏央道をくぐってしまえば古くに整備された歩道を歩いて行ける。ただちょっと寂しい感じ。
上郷水管橋

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横須賀市の水道になる水が通っている。人や車は渡れない。中津川の半原で取水した水を横須賀まで送るために造られたものだが、現在半原での取水はされていない。もしかすると別の場所で取水した水が流れているのかも。大正10年完成の橋。
少しすると県立相模三川公園(さがみさんせんこうえん)に出る。

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公園の一部は「スポーツ広場」になっている。パターゴルフ場の近くから

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相模川・中津川・小鮎川の三つの川が合流する上流に造られた、県立都市公園初の河川公園です。晴れた日には丹沢・大山の美しい山並みが望めます。」と公園のHPにあった。この日は晴れていないばかりかいまにも雨が降り出しそうな空模様で、すぐそばに山が見えるはずなのにほとんど見えない。
公園は国道246号新相模大橋のところまで続く。
公園駐車場付近から新相模大橋

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国道246号を越えると工場の裏を通ったり、殺風景になる。すぐに座間市にはいる。
座間市新田宿付近から見た相模川の様子

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しばらく行くと座架依橋(ざかえばし)。

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座間市座間(ざま)と厚木市依知(えち)を架(か)ける」ので座架依橋。この橋の周辺は「広場」になっている。(公園と呼ばず、広場と定義している。)ここからはずっと整備された遊歩道が続いていく。
ほどなく座間市から相模原市にはいる。相模原市にはいって少し先へ進むと大きな堰が見えてくる。
磯部頭首工(いそべとうしゅこう)、相模原市南区磯部

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頭首工とは、河川などから用水路へ必要な灌漑水を取り入れるための施設のことで、川の中にみえているのが取水堰。堰の上流側に水が貯められ、その水を取水口から取り入れる。
こちらが取水口

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ここで取られた水は農業用水としてこの一帯で使用されている。特長的なのは、左岸で取水された水が左岸側だけでなく、右岸側にも供給されていることである。左岸で取水した水の一部は相模川の下に送水管を通して対岸に送られる。ポンプなどを使わず逆サイフォンの原理で水を流す、これが伏せ越し。

逆サイフォン(伏せ越し)について:管が水面の上にあっても、ある程度の高さまでは入口と出口の水位差で自然と水が流れます。このような管をサイフォンといいます。身近な例では、灯油をストーブに入れるときの灯油ポンプ。これにサイフォンの原理が使われています。
 一方、逆サイフォン(伏せ越し)は、サイフォンを逆さにしたものです。水の流れが目に見える開水路(かいすいろ)がつながっていなくても、ある程度の水位差をもたせることで、入口からは水が吸い込まれるように入っていき、出口からは吹き上がるように水が出てきます。

相模川伏越のモニュメント

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堰の上流側

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堰の影響で上流側は湖のように水の流れが緩やかになっている。
湖のような川を上流に進む。これから進む先がずっと見える。前方は下溝

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このあたりで相模川の流れが大きく変わる。下溝付近より下流は河口までほぼ南へ向かって流れているが、ここより上流は北西から南東方向へ流れている。この写真は上流に向かって左岸側から撮っているので川岸にある歩道は左にカーブしている。
そしてちょうどカーブしている部分で別の川が合流している。合流する川は相模原台地の上を流れ、ここで一気に相模川の作った河岸段丘の下に流れ落ちる。このあたりの河岸段丘は3段になっているため、3段の滝ができる。そのまま「三段の滝」と呼ばれ、昔ここは景勝地だった。現在も段丘の上は「三段の滝展望広場」と呼ばれる公園が整備されている。ただし、流れ込む川やその周囲は河川改修が行われ、道路なども横切っているため昔の面影はまったくなくなってしまっているだろう。
一部勘違いがあったので後日修正。修正、付記部分は青文字で。

こちらの流れが三段の滝の一部。

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奥の橋の下にもう一段あるが、水の流れが写っていない。さらにもう一段その向こうにあるそうだ。実はこのすぐ隣にもっと流量の多い川が流れ込んでいるのでそちらの川にあるほうが「三段の滝」だと思っていた。

三段の滝鳩川分水路をまたぐ遊歩道の新三段の滝橋(向こう)、今いるところは三段の滝橋

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三段の滝の「一部?」鳩川分水路の「滝」、遊歩道の橋のうえから

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これで全部なのか、上の方にまだ段差があるのか、未確認。それにしてもたくさんの橋げたが見えること。昔はきっと違う風景だっただろう。先に写した細い水の流れのほうが三段の滝の一部でこちらは正確には三段の滝ではないようだ。(後日付記)
三段の滝の先へ。川の流れてくる方向が変わり、歩道の方向もそれに沿って変わる。しばらく行くと昭和橋。
昭和橋

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昭和の初めに竣工したのでこの名前がついたとのこと。現在は県道が通る。
その先、新昭和橋

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昭和橋からは数百メートル先にある。国道129号バイパスが通っている。完成したのは昭和50年代らしい。
その先は相模川水路橋

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神奈川県内広域水道企業団が管理しており、神奈川県西部を流れる酒匂川で取水した水が小田原や秦野などを経由して、さらに相模原のこんなところを流れている水道用の橋。
その次は圏央道相模原愛川ICのランプウェイにかかる橋

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圏央道は川の向こう側でインターチェンジはこちら側にある。丘のうえに見えるのはヤマト運輸の物流ベース基地、丘の先端のような場所にあるのではるか海老名あたりからも見えていた建物。
立て続けに大きな橋がいくつも架かっているところをぬけると相模原市南区から中央区にはいる。すぐに「史跡田名向原遺跡公園」。川の近くの段丘の先端といった場所には古代の住居跡など遺跡がたくさんある。

田名向原遺跡 (公園のHPから抜粋)
建物跡と推定される遺構(住居状遺構)を含む、後期旧石器時代末(約20,000年前)の遺跡です。川原石で囲まれた直径10メートル程の円形の範囲には、12本の柱穴や2か所の焚き火跡と考えられる部分が発見され、石器製作を思わせる石器片と大量の石片が出土しました。
また、多量に発見された石槍(いしやり)などは長野県や伊豆、箱根等の黒曜石で作られており、遠隔地との交流が知られるなど、後期旧石器時代の生活の一端を示す遺跡です。

2万年前とは相当古いのだが、建物跡などにはあまり興味が湧かなかったので、地層展示パネルというのを写してきた。

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説明板が読み取れるといいのだが。(写真は大きくできるはず)
遺跡公園のあるところから圏央道の橋

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雨が近づいてきたのがわかったので先を急いだ。遺跡公園からはしばらくの間、川の流れからは離れて段丘上の縁に沿って設けられている歩道をすすむ。望地弁天キャンプ場の入口を入り、坂を下ると再び河原の近くへ出る。
キャンプ場入口

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たくさんの石碑やお地蔵様がある。キャンプ場の近くには「望地弁財天」があった。
キャンプ場脇から「望地水田」方向を望む

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この先は広い開拓地だ。望地水田というように、水をひいて新田として開拓されたようで現在も水田として利用され、段丘の崖下に沿って用水路がある。(この用水路と水田のため付近の歩道を段丘上のほうに整備したと思われる。)
望地弁天キャンプ場先の段丘の崖下から段丘の上を写す

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この付近で崖下の標高が約46m、上は79m。崖下は現在の相模川河原のある面で、上の段丘面は昔の河原のあった面にあたり、陽原(みなばら)面と地形学的に呼ばれている。この段丘の上のあたりの地名が「陽原」。
高田橋

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高田橋は大正13年架橋時に相模川右岸の地名愛甲郡高峰村と左岸側の地名田名村の頭文字を取り「高田橋」と命名。よくあるタイプの命名法。このあたりはバーベキューで有名な場所、川の流れも速く事故に要注意である。
高田橋を過ぎると大きな堰が現れる。
小沢(こさわ)頭首工

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ここで取水した水は愛川町厚木市方面の農業用水として使われているとのこと。
このあたりから川両岸の段丘の崖までの幅がせまくなってきている。
相模原市中央区水郷田名1丁目付近

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いったんここまでで河原の歩道がなくなる。段丘のうえに上がる道路に沿ってすすむ。写真を撮った場所が標高約54m、坂の上は92m。
段丘上から見下ろす相模川相模原市中央区田名)

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この場所で川面までの標高差は約41mある。がけ下には湧水のある場所が数多くあり、そのような場所はこのあたりでは「やつぼ」と呼んでいる。
霧雨だが雨が間断なく降るようになってきたのでこの辺で本日は撤退。
相模川自然の村公園入口付近のがけの上から(相模原市緑区大島)

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次回スタート時の天気のいい時の写真と連結してみた。
この後、神奈中バス上大島バス停へ出てそこから橋本駅へ向かった。
この日はGPS記録上は21.4km歩いたが、途中記録を止めてしまっていた区間あり。その分を補間すれば22.5km。