散歩の途中

iPhoneもって散歩しながらあれこれ観察したノート

仙川を歩く 野川合流点からさかのぼって上流端まで(その2)

仙川、上流へ。

前回その1で三鷹市新川、人見街道に架かる野川宿橋まで遡ってきた。仙川はこの橋を境に上流側の様子は一変する。

仙川・足あと(前回と同じ地図を使用)

今回は黄色のピンから左上方向へ。

前回最後に載せた、野川宿橋から上流側を見た様子

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この橋の下流側のたもとで人工的に水が放流され、川の流れが成立している。

miwa3k.hatenablog.jp

上流部は人工的な水路が設けられているもののほとんど水が流れることはないという。それでも水路は暗渠と開渠を繰り返しながら延々と続いて行く。

三鷹市内のこの付近で特徴的なのは、水路が直角に折れ曲がりながら進んでいること。
こんなクランク状の水路で進んでいったりする

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ここも先で左へ直角に折れている

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周辺の田畑から流れてくる排水路などを、戦後まもなく人工的に掘削してこのような水路にしたらしい。当時、あるいはそれ以前も仙川上流の水量はとても少なく、雨水の処理が主目的だったと思われる。
どうして各所で直角に折り曲げられているのかの理由はよくわかっていないようだ。

現在は所々暗渠となっているところも

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正面フェンスの向こうまで開渠で、こちら側歩道の下が暗渠。

必ずしも流路が分かるとは限らず、水路がいつどこで顔を出すか、痕跡が分かるかを探すのが結構パズル。(それがまたおもしろいんだけど)

暗渠に吸い込まれていく手前には除塵機があったり

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めったに水は流れないけれど、設備はちゃんとある。

三鷹市上連雀5丁目付近

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片面だけだが、石垣が残っていて掘削当時の様子がわかる。

この先”水源の森あけぼのふれあい公園”と、名前は長いが小さな公園になっている。
公園内から

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一部にかつての水路が残されていた。ここもクランク状になっている。
公園は「水源の森」の名称だが、森もなく、水源でもないそうだ。なんでそんな名前になっているのか?

◇調べてみたら
公園とその周辺約1haの面積に降った雨水を貯留槽に導き、湧水を生み出すことを計画したそうだが、あまり効果はなかったようだ。

さらに上流側へ進むと、三鷹市から武蔵野市にはいる。

武蔵野市境南町1丁目にて

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ここでも直角にまがっている。正面向こうが下流方向。

左上流方向へしばらく行くと
JR中央線高架下をくぐる

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左側、武蔵境駅にもわりと近い。

中央線とその先かつての引込線跡の下を通り、次の道路を横切るところから少し長い暗渠が続いてしばらく痕跡が見つからなくなる。地図でその上流側をチェックして回り込む。

仙川上流の水路は必ずしも道路脇を進まない。
交差する橋の上から様子をうかがう(武蔵野市境5丁目付近)

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左向こうの大きな建物は亜細亜大学のようだ。

この付近で、川底に水の気配があることに気づいた。もう少し遡っていくと
桜堤団地内で

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水がある。そして川は三面コンクリート護岸から明らかに公園風に改修されている。

同じ団地内で

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ここから水が放流されていた

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周囲は親水公園になっている。雨水を地下貯水池に貯めたものを放流しているそうだが、結構流量もある。

ただ、放流地点より上流側はまた空堀になってしまっている。

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そして団地の上流側では再びはしご式三面コンクリート護岸へと戻る。
少し先に梶野新田分水(用水路)との立体交差(「築樋(つきどい)」という)があり、仙川の上を土手が通っていくのが見えたが、うまく記録に残せなかった。省略

そのあたりで武蔵野市から小金井市へ入る。

小金井市梶野町4丁目付近

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しばらく同じような風景が続き、そこから水路は浴恩館公園の中を通る。

浴恩館(よくおんかん)公園東側

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公園内の(仙川)水路

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向こうに見える建物が浴恩館。「昭和3年、京都御所で行われた昭和天皇即位大嘗祭神職の更衣所を、(財)日本青年館が譲り受けて移築したものです。昭和6年から全国の青年団の指導者層が集まり、寝食を共にして人間形成をする講習所として機能しました。」「作家下村湖人青年団講習所の所長として講習生と語らい、小説『次郎物語』の構想を練った」とも。現在は小金井市文化財センターとなっている。(「」内は同センターのHPから引用)

公園西側から出ると、UR団地内へ。

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その上流側はまた例のタイプの護岸

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さらにさかのぼって、小金井市本町付近で小金井北大通りに接すると、通りに並行する区間暗渠となる。

歩道下に流路がある(小金井市本町3丁目付近)

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北大通りから離れるとまた流れ(てないけど)は顔をだす

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小金井本町住宅近くへ来ると、小金井用水(小金井分水とも)との水路の立体交差、ここにも築樋がある。

山王窪の築樋付近

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玉川上水や砂川用水から分水された小金井用水の築樋が築かれたのは1696(元禄9)年のこと。
土手の上に小金井用水、下に仙川。仙川は右側でトンネルに入り、その上部を小金井用水の水路が横切っている。現在用水はほぼ埋め立てられ、土手の上は歩道になっている。

小金井住宅内の仙川

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団地をぬけるとこんなかんじのところがあり

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先のカーブを曲がって少し行くと上流端になる。

仙川上流端標識

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こいつがたっているのは新小金井街道小金井市貫井北町3丁目付近。

普通の河川は「上流端」より上流側にも流れがあることが多いが、現在この川では痕跡が確認できない。
Wikipediaによれば、さらに西側、サレジオ学園、情報通信研究機構本部の敷地方面に流れがあったとされるが、現在源流は消滅していると記載されている。

歩道脇からのぞきこんだ下流方向

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足元がどうなっているのか気になったので回り込んでみたら

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結構大きな穴があいていた。中はどうなっているのだろう。

今回歩いていて、仙川上流側に自然の水はまったく見られなかったが、地形図をみていると川の流路に沿って、とても浅くはあるが谷地形になっている。水による浸食があった証拠だ。それにしても上流には目立った湧水も、合流してくる支流もない。
川としてみるとちょっと不思議ではあるけれど、武蔵野台地の特性がわかる散歩でもあった。

仙川遡上はここまで。