散歩の途中

iPhoneもって散歩しながらあれこれ観察したノート

横浜名所桜満開散歩の記・その3

横浜の観光名所な場所を巡りながら満開の桜を見て歩くの記、ノートその3ページ目。

◇全行程(太字が「その3」範囲)
横浜駅ーみなとみらい地区ー日本大通横浜公園山下公園港の見える丘公園外人墓地ーアメリカ山公園ー元町公園ー山手公園ーイタリア山庭園根岸森林公園ー横浜競馬場跡ー大岡川弘明寺

 

6.外人墓地からアメリカ山公園

外人墓地から(その2の再掲)

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細かい話だけど、最近は「外国人墓地」と呼ばれるが、地理院地図には「外人墓地」と記されている。

通りの反対側、"Bluff 99 Garden"の下

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左右の石垣がブラフ積みと呼ばれる方法で積まれている。
山手町99番地。背景左側の建物は横浜地方気象台。
「山手のブラフ積み」(右側の)解説板から

■ブラフとは
”ブラフ(BLUFF)”とは”切り立った崖”という意味であり、新山下に面する絶壁状の地形から、外国人居留地の時代より、山手は外国人たちによって「ブラフ」と呼ばれていました。住所表記でも「BLUFF〇〇(数字)」のように記され、その番号は山手町の地番としてほぼ引き継がれています。この場所の愛称「BLUFF99GARDEN」は横浜山手の歴史的な呼び名に由来します。

■ブラフ積みとは
山手は尾根道としての山手本通り沿いに宅地が展開しているため、宅地の間や宅地と道路の間に多くの段差があり、造成する際に石積みの擁壁が築かれていきました。
石垣はいずれも棒状(直方体 長手3尺[約900mm])の房州石を用い、長手面と小口面が一段中に交互に並ぶ積み方をしています。この積み方は、山手のみならず横浜市内、横須賀や東京でも見かけることができますが、横浜山手の特徴的な景観要素になっていることから”ブラフ積み”と呼ばれています。

(左側の”山手の移り変わり”は、御免、省略)

 横浜地方気象台の入口付近

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道を下っていくと、左に外人墓地を見ながらアメリカ山公園に出る。

アメリカ山公園

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公園は、2009年にみなとみらい線の開通時に元町・中華街駅の駅舎上部を整備したもので、最近になってできた屋上庭園である。右奥は駅の出入口。
なぜアメリカ山なのかは、ここが幕末にアメリカ公使館予定地だったことや、太平洋戦争後にアメリカ軍に接収されていたことなどが由来のようだ。

ここにソメイヨシノはなかった。

 

7.元町公園

元町商店街のメインストリートへ出ずに南側へ回り込むと元町公園。その入口付近に
ジェラール水屋敷地下貯水槽

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明治初期に外国船に飲料水を供給するための貯水槽で、水は付近の湧水を簡易水道を使って引き込んでいた。
その事業を行っていたのがフランス人のアルフレッド・ジェラールという人。
地下貯水槽なので、過去には上に蓋がされていたのだろう。

ウォーターガーデンの桜

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奥の建物は同じくジェラール経営による日本最初の西洋瓦とレンガの製造工場跡で、屋根瓦の一部は当時のものだそう。

桜を別角度から(2枚)

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横浜山手聖公会

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外形は大谷石を使ったノルマン様式の聖堂。

元町公園側から2枚

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横浜山手聖公会、教会を後ろにして

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教会横から

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エリスマン邸(2枚)

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生糸貿易商社シーベルヘグナー商会の横浜支配人格として活躍した、スイス生まれのフリッツ・エリスマン氏の邸宅。1926(大正15)年に建てられたものを、1990(平成2)年現在地に移築再建した。

ベーリック・ホール

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イギリス人貿易商B.R.ベーリック氏の邸宅として、1930(昭和5)年に設計建築され、その後は2000(平成12)年までセント・ジョセフ・インターナショナル・スクールの寄宿舎として使用されていた。

ここから山手公園へ向かう前にちょっと寄り道。

キリン園公園と麒麟麦酒開源記念碑

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日本で最初にできたビール醸造所、のちにキリンビール醸造所となり関東大震災までこの地でビールをつくった、キリンビール発祥の地。ビールの欠かせない身としては聖地なり。

 

8.山手公園

1870(明治3)年につくられた国内最初の洋式公園、日本庭球発祥之地の碑がある。
園内は現在もテニスコートがたくさん。

公園内の横浜山手テニス発祥記念館と歩道

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先へ進んで振り返る

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山手公園120周年記念碑とソメイヨシノ

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旧山手68番館建物

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1934(昭和9)年に建てられた外国人向け貸家を1986(昭和61)年に公園内に移築したもので、現在は公園管理センターとして利用されている。

そこから振り返って

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絵を描いている方と

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9.山手公園からイタリア山庭園

公園を出て山手本通りへ戻る。
カトリック山手教会と桜

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教会に隣接する
カトリック横浜司教館

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しだれ桜とともに

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イタリア山庭園、横の入口から中へはいった

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こちらは1880年から6年間、イタリア領事館が置かれたことからイタリア山と呼ばれている。

ブラフ18番館のうしろへ出てくる

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正面奥へまわって

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ブラフ18番館は関東大震災後に外国人住宅として建てられた。戦後はカトリック山手教会の司祭館として1991年まで使用され、その後こちらに移築した。

庭園のなかに横浜山手洋館のミニチュアが置かれていた。

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外交官の家

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庭園内から見上げる

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外交官の家は1910(明治43)年に、明治、大正時代の外交官内田定槌の邸宅として渋谷区南平台に建てられた。1997(平成9)年にこの場所へ移築復元されている。

外交官の家近くから庭園を望む

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玄関側へまわって

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この日、外交官の家は休館日だった。

「その3」はここまで。

その1、2へのリンク。

miwa3k.hatenablog.jp

まだ先があるけれど、別の場所で撮った桜もあるので次回は転戦の予定。