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散歩の途中

iPhoneもって散歩しながらいろいろ観察したノート

横浜水道みちを歩く その4 川井浄水場から西谷浄水場へ

水のみちをあるく 神奈川 横浜市旭区 横浜市緑区 横浜市保土ヶ谷区 尾根をあるく

ここまで「横浜水道みちを歩く」は、横浜水道創設時の送水路をたどり、「トロッコ」の歴史看板を探しながら歩いてきた。その1からその3までがそのときのノートである。今回は昭和になってから増設され、創設時の水道みちとは異なるルートで設けられたものだが、途中に印象的な建造物がある導水路に沿って歩いた。
この導水路、おおまかには川井浄水場を起点として水道みち(国道16号線、八王子街道に沿っている)の北側にある尾根に沿って鶴ヶ峰浄水場(現在は配水池)に至り、そこから方向を変えて創設時の水道みちを交差してその南側へまわり、南東方向へすすんで西谷浄水場へ至るコースである。
横浜水道はおもに市内の人口増加にともなって何度も拡張工事が実施されてきた。川井浄水場ができたのが明治34年(1901)、西谷浄水場が大正4年(1915)である。その後道志川水系からの取水だけでは水道の供給が間に合わなくなり、昭和22年(1947)に相模ダム(相模湖)を建設して新たな導水路(相模湖系統)を設け、その水を川井浄水場に通した。そしてさらに西谷浄水場へ向けて新たな導水路と途中鶴ヶ峰浄水場を設けた。こちらは昭和27年(1952)完成。この水路には相模湖系統の水が流れていることになるのだが、つい最近になってまた様々な変更が行われるようではある。

実際に歩いたルートについては、今回は導水路上に道路が設けられているわけではないので、あらかじめ「なるべく導水路に沿って歩けるコース」を地図上で調べ、選択したつもりだったが、途中大規模な工事で迂回を余儀なくされた場所などもあって、特にコースの前半は思い通りにはいかなかった。
スタートの川井浄水場に向かう。相鉄線三ツ境駅から若葉台団地方面行きのバスで亀甲山(かめのこやま)バス停下車。
亀甲山バス停

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バス停から保土ヶ谷バイパスに沿って坂を上り、バイパスの反対側に出られる交差点を歩道橋で渡ると浄水場

◆川井浄水場横浜市水道局のHPより引用)

川井浄水場は、近代水道創設の10年後、横浜の発展に伴い第1回拡張工事(明治30年~34年)で築造しました。現在、横浜市の3つの浄水場の中で、一番初めにできた浄水場です。 当時の浄水能力は1日1,000立方メートルでした。その後、数次の施設の拡張・増改築工事が行われ、最終的には標準浄水能力1日106,400立方メートル(横浜スタジアム1/3杯分)となり、約50年にわたって給水を続けてきました。 しかし、施設の老朽化が進み耐震性に問題があることから、全面的な改修が必要となり、平成21(2009)年にPFI方式(民間企業が資金調達から施設の設計・施工、運転・維持管理までを行う)で再整備を行い、平成26(2014)年4月にセラミック膜を用いたろ過で日量172,800立方メートルの水道水を作る最新鋭の浄水場に生まれ変わりました。 川井浄水場で造られた水は、主に横浜市の西部方面に給水しています。

 川井浄水場正門前

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スタート地点に到着。ここでいま来た道を引き返す形でスタート。バイパスを再度渡り、また反対側へもどるとすでに道路わきにコンクリート製の送水管があたまを出している。
送水管の上部

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この送水路は地上部分では基本、箱のような四角いコンクリートでできた送水管が使用されている。これは谷ケ原浄水場から小倉橋に向かう途中の谷の間を通っていた導水橋と同じタイプのものではないかと思われる。下の写真参考

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この先で左に折れる道に沿って送水路も曲がっているのでそちらにすすむ。しばらく行くと大貫谷戸水路橋の西側に出る。

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写っている鉄塔の先が水路橋になっている。右側に説明板があった。

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鉄塔の下から水路橋の先をみる。

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もちろん一般の通行はできないが、普通に橋として歩けそうなかんじだ。
水路橋のわきに細い道があるのでそこを下りていく。橋のはじめの区間、地上からの高さがあまりないところはコンクリート製の橋脚、桁になっている。

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そして中央部は緑色に塗られた鋼鉄製の水路と橋脚となる。

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この水路橋は鋼板製の桁のなかに別途送水管がはいっているのではなく、桁のなかを直接水が流れているとのことである。橋脚は下へ向かって裾広がりになっていて、こういう構造の橋はトレッスル橋と呼ばれている。
橋脚を下から

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Wikipediaの「トレッスル橋」のページでは鉄道橋として使用される例が多いとの記述があり、鉄道橋、道路橋での橋梁の例が載せられているが、水路橋については記述がない。日本ではJR山陰本線余部橋梁(現在は使用されておらず、一部解体)の310mが最長であったとのことで、トレッスル橋という範疇で比較するとこの大貫谷戸水路橋(説明板に「鉄鋼水路306m」と記載)も日本最長に匹敵する長さである。
水路橋の下へ出たが全体を1枚の写真におさめるのが難しかった。
大貫谷戸水路橋1 西側から

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大貫谷戸水路橋2 東側から

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大貫谷戸水路橋とこの谷戸のなかを流れる水の流れ

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谷戸というのは関東地方南部独特の言い方であるらしいが、丘陵地が水に浸食されて形成された谷状の地形のことで、谷のなかが平坦な面になっていることが特徴である。
谷戸を流れているこの水は帷子川の源流部分のものである。
水路橋の東側で再び導水管はコンクリートになり、地上に頭だけを出したりトンネルに入ったりしながら、三保市民の森のなかを通過する。
三保市民の森を通る導水路

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導水路は森をぬけるとふたたび谷戸をトレッスル橋で越える。次の水路橋は梅田谷戸水路橋で、大貫谷戸水路橋よりは短いが見た目はそっくりの橋が現れる。
梅田谷戸水路橋

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こちらの説明は

橋構造:延長293m(鉄鋼水路228m)高さ31m
水路構造:深さ2.7m 幅2.2m
完成:昭和27年9月

梅田谷戸水路橋 間近から

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東側の丘に近づくところの橋脚の下から

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導水路は東側の丘で地上におり、横浜動物の森公園(ズーラシア)の施設のまんなかを貫通する。だが梅田谷戸からズーラシア手前までの一般道のアプローチ方法がよく分からず、北側を回って梅田バス停付近から南側の林の中へ入る道へすすむ。これを行けばズーラシアの駐車場へアクセスする道路へ出られる、はずなのだが。
工事中通行禁止

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ズーラシア北側に広がる森は2017年開催予定の「全国都市緑化よこはまフェア」に向けての大規模工事中。森にダンプやブルドーザーをいれて「緑化」でもないものだが。
森の外の一般道を迂回し、ズーラシア入口先の駐車場アクセス道路に戻る

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ズーラシア入口

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あまり客が来なくて動物たちも暇なのか、園のそとでライオンがハンティングをしているのを見ることができた。

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キリンに見下ろされるの図。

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ライオンもキリンも、これはビールのメタファーである。暑い。
歩くほうはあちこち迂回していたが、ズーラシアの南端までくると動物園内を流れていた導水路が園の外に出てくるのが確認できた。
水路のうえが歩道になっている。

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写真奥側が動物園内になる。ここから中原街道(県道45号)を越え、「旭区グリーンロード・ふるさと尾根道ルート」として歩道が導水路上に整備されている。
ふるさと尾根道ルートの案内標と歩道

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この緑道、導水路が橋となっている箇所は脇を歩く。

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水路まで地上からさほど高くない場所はコンクリート製の送水管と橋脚が使用されている。

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市営今宿ハイツ先からの眺め(横浜市旭区上白根1丁目)

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丘のうえからの眺めはとても良い。見事に住宅ばかり。
眺望のよい丘のうえから下の道路に出るとここに架かっている水路橋は緑にペイントされたタイプではなかった。

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橋脚もないし高さもさほどないのでコンクリート製の桁でもよさそうだが、交換したのか?
ここからふたたび水路上の緑道(このあたりはふるさと尾根道緑道と名付けられている)をすすむと横浜市立鶴ヶ峯中学校の脇に3つめの緑の水路橋、第三鋼路橋(鶴ヶ峰水路橋)が現れた。

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水路橋の下をくぐって反対側から

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大貫谷戸、梅田谷戸のミニチュア版のよう。
ここからまた尾根上をコンクリートの導水管ですすむとほどなく鶴ヶ峰配水池(元は鶴ヶ峰浄水場)に着く。
鶴ヶ峰配水池手前の導水路

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鶴ヶ峰配水池は全面工事中で、周囲はすべて鋼板製の工事フェンスに囲まれて中を伺うことはほとんどできなかった。
フェンスの隙間から。何の建物かは不明。

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正面側へまわって、正門?前から

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配水池築造工事が平成30年(2018)3月末まで続く予定のようだ。

◆鶴ヶ峰浄水場
現在は浄水場ではなく配水池となっているが、元は浄水場であった。横浜市水道局の解説を引用すると
昭和36年(1961)に当時の急速な人口増加に対応するために建設された、横浜で初めてのオートメーション方式を採用した浄水場です。水源は相模湖系で、相模湖沼本で取水した水は相模原沈澱池、川井浄水場を経由して、鶴ヶ峰浄水場に取り入れられます。鶴ヶ峰浄水場の標準給水能力は1日当たり106,400m3を有し、浄水処理された水は旭区、保土ケ谷区神奈川区港北区緑区方面に給水されています。

ただし平成26年(2014)には浄水場としての機能は廃止されており、現在は配水池のみが残っていることになる。現在工事中の配水池であるが、川井浄水場で処理した水が、横浜水道みち地下に新たな送水管を通して配水池に送られるとのこと。ということはここまで辿ってきたコンクリートの送水路や緑の水路橋は必要なくなってしまうのではないかとも考えられるのだが。
詳細は不明だが、ここから西谷浄水場へのみちを辿ることにする。
鶴ヶ峰配水池近くから南東側の風景

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横浜ランドマークタワーなども見えるが、さらに右側奥の方向、丘陵のうえに西谷浄水場がある。そこへ向かってまず帷子川と二俣川が削ったであろう谷へと降りていく。
鶴ヶ峰駅付近の水道みち

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写真奥側踏切の向こうから写真後ろ側へ向かって水道みちが続いている。そして踏切の向こう側、線路と並行して右に行く道があるのだが、そちらは横浜水道創設時の水道みちで、その分岐点が踏切向こうにある。横浜水道みちその3でも紹介した場所。改めてそちらの写真も掲載。

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こちらの写真では右の道路奥へ向かって踏切があってその先へ水道みちが西谷浄水場へ向かって続く。写真左側へ入っていく道が創設時の水道みち。
今回は西谷浄水場へ向かう水道みちをすすむ。駅前から坂をのぼって少し行くと水道用の設備が現れた。

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上部にマンホールのふたがついているこの設備、相模原市内などあちこちの水道みちでも見かけたもの。
ここから急坂を下る。

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下を横切っているのは東海道新幹線の線路。高架下を向こう側に出ると送水管が顔を現わしている場所があった。

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送水管はすぐにまた地下へ潜ってしまう。ここからは緩く長い上り坂となり、丘のうえでくぬぎ台団地、西原団地などを過ぎると再び下り坂となる。
みずのさかみちと呼ばれる坂に出る。

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写真右側の土手になっているところに導水管が通っている。坂を下り切ると「陣ケ下渓谷公園」。ここは谷戸ではなく深い谷が刻まれた渓谷なのだ。その谷を横切るように送水管が姿をみせていた。

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谷の下で環状2号道路を横切るとふたたび上り坂。ここを登りきると西谷浄水場に到着となる。
浄水場近くの上り坂

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正面に浄水場の壁が見えてきた。突き当たりを右折すると
サッカー横浜FCの練習場入口

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浄水場の隣というより中にサッカーの練習場がある。水道局のHPに「3号配水池上部は、サッカーグランドとして、横浜FCに貸付しています。」の記述があった。
浄水場正面側の道路に出ると向こう側に西谷浄水場の第2分庁舎、排水処理施設と書かれた入口があった。

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こちら側は西谷浄水場正門

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浄水場の隣は水道記念館になっていて自由に出入りができる。
水道記念館入口から

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奥が記念館の建物だが、手前にある池が夏休み中でプールとして開放されていて幼稚園児くらいの子供で結構なにぎわい。楽しそう。
水道記念館は資料館をはじめ、屋外には大型の水道設備が展示されていたりでいろいろ学べます。
屋外の展示として1枚だけ、Φ1500mm逆止弁

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解説板:臨時導水増強工事(昭和36~37年)で相模湖系Φ1500ミリP・S管に南村導水加圧ポンプ出口の逆流防止用として設置されたものです。
◆西谷浄水場横浜市水道局のHPより引用)
西谷浄水場は、道志川及び相模湖を水源としています。大正4年(1915年)に創設され、当時の浄水能力は、1日当たり73,360m3でした。その後、数回の改造が行われ、昭和55年(1980年)の第8回拡張工事完成により、現在の浄水能力は1日当たり356,000m3(横浜スタジアム約1.1杯分)となっています。浄水処理された水は、主に鶴見、神奈川、西、中、南、保土ケ谷各区方面に給水されます。

水道記念館の丘のうえから

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浄水場と記念館からさらに水道みちが続いている。
水道坂

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ここの坂を下ると創設時の水道みちに合流する。
坂の途中にあった水道計量器室の建物

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 レンガ造りでなかなか渋い。現在は使用されていない。
水道坂を下り切ると創設時の水道みちと合流し、「トロッコ」の歴史看板(22)坂本のある地点に出てくる。
今回はそちらへは行かず、帷子川にかかる橋をわたって相鉄線上星川駅へ。
この日は16.7km歩いた。

横浜水道みち その1からその3はこちらからも。

 

miwa3k.hatenablog.jp

 

 

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