散歩の途中

散歩の途中で観察記録、その後少し調べて書くノート

荒川を河口から歩く その3 千住から左岸を新荒川大橋まで

荒川遡上、2日目は千住からスタートします。途中で橋を渡って左岸側を歩き、笹目橋までの行程ですが、その3は途中の川口市舟戸町、新荒川大橋までです。

今回分は荒川の対岸を歩いた3年前の冬の記録と対比できそうです。

東京の荒川を歩く その2 小菅から笹目橋 - 散歩の途中

この日は天気がいまいち。今春とてもここちの良いシーズンに外出できなかったら、雨の時季に取り込まれてしまいましたね。

北千住で電車をおり、荒川河川敷虹の広場という小さな公園に戻ってきました。
虹の広場堤防の上から

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ここから左方向、川の上流側へ進みます。

 

ほぼ、上の同位置から
千住新橋

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国道4号日光街道)が通っています。

 

近くから千住新橋

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(3車線+歩道)の桁が2本の橋。橋長は446m、荒川に隣接する別の河川がなくなったので橋の長さもある程度短くなりました。

 

千住新橋の上流側に
河口から13kポスト(足立区千住大川町

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今回その3も橋と距離標がメインになりそうです。

 

次の橋、西新井橋

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この橋を渡って左岸側へ渡ります。以前、荒川左岸側をこの橋までさかのぼって右岸側に渡ったので、今回はその逆パターン。

 

西新井橋の上から荒川上流側

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右側の左岸へ渡ります。(右端のサタンみたいな…よ、よくわからない

 

渡り終えて振り返り

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すぐに堤防上、海「から」14㎞の標識

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あれ?、堤防上はいままで”海まで”だったはずですが、例外見っけ。

ちなみに河川敷の青色ポストは草に隠れて頭をちょっとだけ出している、わかるかな?

 

次の扇大橋までの半分くらいまで来て

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遠くに目立ってるのは日暮里舎人ライナーの橋、あの上をプラレールみたいな車両がちまっと走るのは見ていて微笑ましい。
階段にネコいました。

 

海まで15㎞、うさぎバージョン

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河川敷は白いポールの左側。河口から15k 足立区扇。

 

扇大橋間近から

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手前は日暮里・舎人ライナー荒川橋梁、向こう側が扇大橋です。

 

下をくぐって、こちらが扇大橋

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扇大橋は都道58号尾久橋通りを通しています。日暮里・舎人ライナーはこの尾久橋通りの上を高架でずっと走っています。

 

河口から16kポストも草むらのなか(足立区扇)

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右側堤防近くを通っている首都高中央環状線江北ジャンクションに近づき
左のダブルデッカーの橋は五色桜大橋

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その手前に一般道(都道307号王子金町江戸川線)が通る江北橋があります、が

海まで17.0㎞うさぎバージョンと2つの橋

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河川敷青色ポストの表示は足立区江北(写ってませんが)。

左の江北橋はアーチ部分化粧直し最中でした。
昭和30年代頃までの旧江北橋は現在の首都高五色桜大橋より上流側に架かっていました。

 

五色桜大橋上流側から

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五色桜大橋の上流側対岸には多くの高層住宅が立ち並んでます。

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あちらの建物群のすぐ周りを廻って隅田川が流れています。こちら側、人工河川の荒川が掘削される前は、現在の隅田川(見えないですが)がこの付近では荒川とも呼ばれていたようです。

 

そして、18㎞地点

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ここでは”海まで”、”河口から”いずれのポストも確認できません。代わりに堤防上に描かれた「18L」、18は河口からの距離、Lは左岸(left (bank))の意味、の文字で位置が確認できました。(堤防に埋め込まれた国交省の河川距離標も確認)

 

もうしばらくで次の橋

鹿浜橋

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環七通りの橋になります。

 

橋をくぐったところに19kポスト

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足立区鹿浜です。

 

鹿浜橋からほどなく左岸側に芝川が合流します。

手前の公園、着席密度を2倍に高めたベンチ*1に、
アンニュイな三毛ニャンコ

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こちらは芝川水門

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水門右側から荒川に合流する芝川

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こちらの川が都県境、この先荒川の左岸側は埼玉県川口市

 

芝川水門の隣りにまた水門。
芝川排水機場水門

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この付近、荒川に合流する河川はこのように2つの水門を備えています。
芝川水門は荒川の増水時に芝川への逆流を防ぐために設けられていますが、水門を閉じると芝川を流れてきた水が荒川に放出できません。そこでポンプを備えた排水機場を設け、閉門時はポンプで圧力をかけて排水機場側の水門から荒川へ強制的に放出します。

 

芝川合流点から少し先

から20㎞

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河川敷には青色のポストもあります。〈川口市領家〉
荒川の向こうには隅田川の岩淵水門も見えます。荒川と隅田川の分岐点もそろそろです。

 

荒川・隅田川の分岐点付近(川口市元郷付近から)

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川原の立ち木左側、荒川の向こうに見えるのが岩淵水門、隅田川は水門の左へ、新河岸川の水もあわせて流れていきます。右のほうにはわずかですが、オレンジ色の初代岩淵水門(現在は遺産として残されている)も見えます。

現在の荒川、この付近から下流が人工的に掘削してつくられた流路、かつての呼び名、荒川放水路です。掘削前の荒川の水は現在の隅田川へ流れ込んでいました。

隅田川側の様子はこちらに記録があります。

東京の荒川を歩く その2 小菅から笹目橋 - 散歩の途中

こちらの後半にも少し

隅田川を歩く その5 千住橋戸町から岩淵水門 - 散歩の途中

荒川、手前の河原は針葉樹が植わっていたり、ちょっと不自然なかんじですが、最近までゴルフ場でした。
こちら川口パブリックゴルフ場は2019年10月の台風19号による浸水被害で未だにコース再開のめどが立っていないようです。

 

そのゴルフコースが続く範囲に
河口から21㎞のペイント、21L

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川の前方には新荒川大橋も望めるところまできました。

 

堤防から河川敷に下りつつ
新荒川大橋

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国道122号が通る橋、上下線の2本の桁橋で構成されてます。

 

橋の下をくぐって水辺近くから

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南方向を見ています。橋は南側を流れる新河岸川も跨いでいるため、総延長は810mとのことです。

荒川放水路の工事に前後して、隅田川分岐点の上流側も大規模な工事が実施され、荒川流路改修による直線化、新河岸川との合流地点を改め、荒川南側に新しい流路を掘削することなどが行われました。
新河岸川は改修前、現在の埼玉県朝霞・和光市境界付近で荒川に直接合流していましたが、現在は朝霞水門を残して直接合流せず、荒川南側を並行して新流路を流れ、岩淵水門のすぐ下流側で現在の隅田川と合流しています。

過去に新河岸川(新流路部分)を歩いた記録

新河岸川 隅田川に続く人工水路な部分を歩く - 散歩の途中

 

その3はここまでとします。

荒川(2020)歩いた足あと地図

今回は緑ラインの緑マークから黄色マークまで。

 

その1,2 

miwa3k.hatenablog.jp

miwa3k.hatenablog.jp

その4

miwa3k.hatenablog.jp

埼玉県川口市

*1:ほんの皮肉です