前回の続き。荒川左岸をさかのぼって歩き、桶川市と川島町の間に架かる太郎右衛門橋からです。
太郎右衛門橋を下流側から
よく見るとその向こうにも同じような橋が架かってます。
そちらへ近づいて。
圏央道荒川橋(荒川渡河橋)
首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の橋梁、橋名がいまいち定まってないようです。〈どういうこと?〉
橋長は970.5m、2009年竣工の新しい橋。
この橋梁近く、荒川左岸側段丘端部は『原山古墳群』。解説板もありますが周囲は荒れぎみ、暗く深い木立ちと「マムシに注意」の注意看板が多数立っていて近寄れませんでした。
その河川敷内はまた麦畑
こちらも河川敷ですが、右はすぐ段丘が迫ってます(北本市石戸宿)
開けた道の先は一転、ジャングルのようなところへ突入します。
なぜか一気に湿気が増して
荒川支流の細流が脇を流れ、生物保護地域、ビオトープになっています。
上流側にはその細流と旧河道がつくる沼があります。
石屋下沼
釣り堀状態です。沼の東側から広く一帯は北本自然観察公園になっています。
城ヶ谷堤(桜堤)と呼ばれるちょっとした堤防にいったん上がり、再び河川敷に下りて先へ進みます。
選択を誤りサイクリングロードからちょっとはずれてしまいました
ぬかるんだ田んぼ道です
向こうの『荒井橋』の下までこの道を歩きました。
橋を越えたところから
荒井橋は北本市荒井と吉見町江和井を結び、通る道路は埼玉県道33号(東松山桶川線)、橋長は642mです。
現在の橋は1975(昭和50)年に完成したものですが、それ以前は木製の冠水橋が河川敷に架かっていました。何回も洪水で流されたそうです。橋がない頃は『荒井の渡し』があり、荒井河岸もありました。
荒井橋の上流側は『北本水辺プラザ公園』になっています。
公園内から荒井橋
同じく荒川の流れ
白く水しぶきもあがり浸食した台地の際を勢いよく流れています。古くよりこのあたりだけは流れの位置が変化していないようです。(江戸時代以前は和田吉野川の河道、以降は荒川西遷事業により流路の付け替えで荒川の水も流れるようになっています。)
水辺プラザ公園の少し上流側に高尾さくら公園という小さな公園が存在します。
さくらの季節でなかったので蓮池あたりを
その先、小さな十字路に接して左折すると
高尾橋が見えてきます(北本市高尾)
こちらも小さな冠水橋です。
間近から
橋の上から下流方向
水しぶきのあがっていたところがこの前方、このあたりも流れは速く、護岸コンクリートブロックで固められています。
この右手には古い流路跡が残っているらしいのですが緑に埋もれてわかりません。
元の道に戻って先へ進みます。
田んぼの中の一本道
左側やや離れて川の流れ、右側は段丘崖が続いてます。
また麦畑ですね(鴻巣市原馬室)
しばらく行くと樋管を通って荒川河川敷に流れ込む川があります。
石田川
川幅もややあり、護岸もしっかり造っているので少し大きな川と思ってましたが、実態は長さ1㎞程度の雨水排水路ということでした。
そこに架かる橋を渡ってから荒川本流の方へ向かうとまた冠水橋が架かっています。
原馬室橋(はらまむろばし)
橋上から上流方向
左側に見えるのは流木などから橋脚を保護するガードの上部。
2001年に台風で橋が大破したそうで、その架け替え時に取り付けられたようです。冠水橋といっても橋脚もっていかれちゃアウトですよね。
この橋の上流側一帯、鴻巣市が日本一広いポピー畑と謳う《ポピー・ハッピースクエア》になっています。
時期的に見ごろは過ぎてしまってましたが、名残の花がまだ少し咲いていました。
前方、御成橋(おなりはし)と
ポピー畑は橋まで。
その先へ回り込んでいくと御成橋近くに冠水橋がひとつ架かってます。
滝馬室橋(たきまむろばし)
ひとつ前の冠水橋は『原馬室橋』、いずれも付近の字名のようです。名前も似てますが橋の形状もよく似てます。
滝馬室橋上から下流方向
向こうは御成橋。
少し戻ってポピー畑麦畑側から橋詰方向
こちら左岸側に堤防はなく橋は段丘縁からのびてます。
上流側から
御成橋は埼玉県道27号(東松山鴻巣線)が通り、橋長は804.8mですが
橋詰には「川幅日本一」の標柱が立っています
川幅は2537mの標示、橋長足りない分は対岸の堤防から川の流れと直角方向にのばした『横堤』という堤防の上に道路を通して渡っています。
この日の目標地点に着きました。この先を歩くのはまた、いつになるやら…
ひとつ前・その7
この日の足あと地図(オレンジのライン)