散歩の途中

散歩しながら観察して記録してちょっと調べて書くノート

八王子通り大山道を歩く その3 愛川・中津から伊勢原・柏尾通り合流まで

前回は八王子、甲州街道との分岐点から愛川町中津まで歩きました。その続きになります。

八王子通り大山道 その3足あと《愛川町中津~伊勢原・柏尾通り大山道合流》

使用したバス路線の都合で、この日の歩き出しは前回離脱地点から東へ1㎞ほど離れた内陸工業団地内になりました。まず前回離脱した県道63号一本松交差点を目指します。

中津中央商店街通りから、向こうに大山

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前回は歩いている途中から低い雲が出て、大山は見えませんでした。この日も曇りでしたが、雲はかかっていません。

一本松交差点で県道を渡るとその反対側を県道に並行する形で旧道が残っています。

旧道と大山道標柱、壊れてしまった石仏?の台座も

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金属パイプ柵の左側、きちんと見えていませんが、上部が欠けた地蔵?、台座だけが残っています。
立派な新しい標柱も立てて小道具はそろっているのに、残念ながらこの付近、古い道の雰囲気は感じられません。

この背後、桜台交差点で県道63号と合流します。

県道に合流

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「中津往還」と記された緑の標識が出ていました。このあたり一帯、中津といいますが、どこと結ぶ道なのかよくわかりません。(ていうか聞いたことないぞ)

信号の先に見えるのは排水路橋です。

くぐった先で振り返って

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2本の水路橋がかかっています。これは戦時中に建設された中津飛行場(相模陸軍飛行場)の雨水などを排水するために造られたものです。滑走路を舗装できず、雨によるぬかるみを防ぐための設備です。
飛行場跡は現在”内陸工業団地”に変わっていますが、工業団地内の雨水処理に現在も使用されているとのことです。

道路右側にフェンスがありますが、その向こうを下る道が古い道です。

坂本坂

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県道の反対側です。
石柱、県道側は「坂本坂」の文字、こちら面は

ー さかもとざか ー
神明前から坂本へ下る坂をいう。左が旧道で右が新道
新道は大正五年に開通、今は県道となっている。

中津台地から下りて

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また県道63号に合流しました。バス停は”坂本”です。

この後ろを中津川が流れます。かつては街道に”才戸(さいど)の渡し”がありました。
渡し場付近では、橋本の棒杭で分岐した”当麻道”から来る道と合流しています。

現在は才戸橋を渡ります

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親柱は渡し舟の舳先のようです。

才戸橋上から中津川上流側

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橋の近く、ちょうど写っている範囲に渡し場があったようです。

橋を渡った先に古い才戸橋の親柱と「才戸の渡し」の標柱など

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古い石塔も見えます。

ここから厚木市に入ります。旧道が残っているところは当分無く、ずっと県道63号を行きます。

こんなかんじでどこまでも続きます

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才戸橋から2500mほど南下すると荻野新宿(おぎのしんしゅく)です。

荻野新宿バス停と交差点

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交差点から振り返って

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左が県道63号、”八王子通り大山道”です。正面の日吉神社をはさんで右側の道は”府中通り大山道”になります。両大山道はここで合流しています。この先は便宜上?”八王子通り大山道”です。
左右に交差する道はかつて”甲州道”と呼ばれた街道で、厚木を起点に現在の相模湖付近で甲州街道に接続しています。

この周辺はかつて荻野村、その街道辻は”荻野新宿”の名前が示すように大山道に沿って宿場が形成されていました。

今から450年ほど前、荻野村の子合(こあい)・公所(ぐじょ)の人たちが移り住んで、新しく長さ3町(300メートル)・幅6間(11メートル)ほどの道沿いに家並みを作りました。それが荻野新宿です。
(あつぎ子ども風土記から抜粋)

荻野新宿交差点の南側、荻野川にかけてが宿場の内でした。

現在の様子

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古い建物など、宿場の面影を残すものは何もないと言っていいでしょう。

荻野川に架かる荻野橋から宿場の方向

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この付近が宿場のはずれになります。

(煙があがっているのはスイミングスクールのボイラーですね)

先へ進み、及川、飯山といった地区を通過していきます。
小鮎川・千頭橋から南側(厚木市飯山)

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川を渡り、また向こうに見える段丘を上がります。

上がってしばらく先へ進むとまた下ります。
白山神社横から

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木の向こうに見えるのは大山です。
手前の急坂を下ります。この坂道が少しの区間ですが旧道です。勾配がきついので新道は別ルートに付け替えたのでしょう。ちなみに近くの道路で勾配27%の道路標識を見ました。

旧道はまた少し先で新道(県道63号)と合流し、さらに厚木市内を南下します。

途中をちょっととばして
厚木市小野、県道63号

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ここをもう少し先に行くと道が左に曲がります。そして旧道が現県道から分かれます。

旧道に入って、玉川・宮前橋を渡る

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橋の上から玉川と大山

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近くの小野神社

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延喜式式内社として記された、古くからある神社のようです。
境内の解説から一部抜粋

この神社は、延長五年(九二七)の「延喜式」巻九に「相模国式内社の内愛甲郡一座小野神社」と書かれています。
現在の拝殿は、嘉永元年(一八四八)に建てられ、わら葺屋根でありましたが、昭和四十三年に鉄板葺に替えられました。本殿は拝殿よりも一メートルほど高い地面に神明造りで造られています。「新編相模国風土記稿」に「閑香明神社、村の鎮守なり。延喜式に載りし小野神社、当国十三社の一にて祭神下春命という」とあります。

旧道は道幅もせまくなって、また丘を上がっていきます。

津古久峠(つこくとうげ)へ向かう道

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「津古久峠」の標柱

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峠と言っても標高は100m程度、現在は重機も入って地形も改変されてます。周囲は”日産自動車テクニカルセンター”となって、大きな建物もいろいろ垣間見えます。
標柱側面の解説には

津古久峠
後北条時代に小田原と武蔵を結ぶ小田原道として発達し、江戸時代になると大山参りの人々がこの峠を越え大山道として発達した。最盛期には峠にお茶屋もあったと伝えられている。

実際には、峠はこの標柱よりもう少し先にありました。

峠を越えると伊勢原市に入り、そこから大山道旧道は伊勢原市の「自然散策路」に入ります。

そちらへ入って山道を行ったところに
「津古久峠 茶屋跡」の標柱がありました。

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現在はご覧のとおり、なんにもありません。

峠の茶屋跡付近から南側

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自然散策路を先へ

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この先は伊勢原市運動公園や大学のグラウンドがあります。

伊勢原市野球場ごしに大山

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自然散策路をぬけ、再び坂を下って行くと畑、そして住宅地へと道は入っていきます。旧道の道すじがそのまま続いているようです。

住宅地内を行く旧道(伊勢原市西富岡

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この手前では工事中の新東名高速高架下も通過しました。

この先で旧道はまた県道63号に合流します。
県道に合流して

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左は三光寺、先で県道がくぐっているのは東名高速です。

その手前で旧道は東名高速と並行になるよう、右へカーブして県道から分かれます。
東名高速の北側を並行する道から

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この交差点で東名の南側へ高架をくぐって出るので、本日大山は見納めです。

南側へ出てから東名と並行に少し行くと、何ということはない道と合流します。
合流してくる道

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向こうから来る道は”柏尾通り”と”青山通り”大山道の合流した道です。さらに”八王子通り”がここで合流し、右へ行くと大山方面です。

高速道路際のためなのか、柏尾通りを来てここを通過したときもあまり強い印象は残っていません。

合流地点から八王子通り大山道、来た方を向いて(伊勢原市上粕屋)

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左の土手が東名高速です。

かつての街道はちょうど東名高速の道路の下あたりを通っていたらしく、高速建設で消滅しているので、ここに見える道路は正確には旧道とは言えないです。
何の変哲もない場所ですが、ここで”八王子通り大山道”は一応終点とさせていただきます。

 

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