茅ヶ崎を歩いてきました。
これで何度目でしょうか、時々訪ねてみたくなるところです。
自分でも忘れていたけれど、過去には今回と似たこんな記事も出してました。
あれこれ被る所もありますが歩いたのでまた書きます。
今回無理やりサブテーマをつけるなら『名前のある通り(street)を散策』です。とか言ってすぐ路地細道に入っちゃうのですが
まず茅ヶ崎駅南口に出て
ここから伸びるメインストリートは「雄三通り」かもしれませんが、個人的により身近に感じる「サザン通り」をチョイスしました。*1
このほかにも南口駅前からは「桜道」「高砂通り」なんかがのびています。
サザン通りに入ったところ
右側駐輪場入口手前に標識がたってます。
サザン通りは駅の西はずれ側からはじまって「サザンビーチちがさき」海水浴場まで1350m続く通りです。
以前は「中海岸通り」という名称でした。
駅近くは古くから商店街だったのでしょう
今もサザン通り商店街ですが
先へ進むと道幅が広がり

国道134号サザンビーチ交差点付近歩道
サザン通りはここら辺まで
地下歩道をくぐると海岸(サザンビーチちがさき)に出ます
サザンビーチモニュメント「茅ヶ崎サザンC」
子どもたちがたくさんでした。
解説文黙読
このモニュメントは、二人で円の側に立つと円が結ばれ完結する、「縁(円)結びの輪」であると同時に貧困や民族対立、環境汚染や交通禍等、人々が抱える様々な問題に、いたわりや譲り合う心を思い出し、不完全な円(縁)を完成させ、幸せな暮らしを形づくる、「思いやりの輪」をイメージしています。 平成14年3月3日竣工
海の方向

海岸線沿いは湘南海岸サイクリングロード兼遊歩道になっていますが、サザンCのモニュメントより東側が工事中で通行止めでした。
海岸砂浜が侵食されてサイクリングロードや展望デッキなど周辺に造ったものが流されてしまい、その復旧と養浜を大規模に行っているようです。
道が残っている西方向へ海岸線沿いに少しだけ歩きます。
遊歩道から
茅ヶ崎漁港
漁港のはずれから陸側へ
西浜小学校入口交差点で国道134号を渡ります
国道両側は砂防林
道路渡って「南湖通り」に入りますが、すぐに住宅地の路地に紛れ込んで西の柳島のほうへ歩きます。
国道134号に再び出て「道の駅湘南ちがさき」交差点
国道を奥へ進むとすぐに相模川湘南大橋
手前の大きな歩道橋を左に行くと柳島海岸や相模川河口へ、右は柳島スポーツ公園などがあります。
ここで反転して道の駅とスポーツ公園の間へ
この道は「鉄砲道」という名前です。
右が最近できた道の駅建物、まだ中には入ったことがありません。
柳島スポーツ公園ごしに新湘南バイパス小出川に架かるベルブリッジあたり
道の駅湘南ちがさきから「鉄砲道」を東方向へ歩きます
鉄砲道は茅ヶ崎市内を東西にほぼ直線で貫く全長約6㎞の道。
以前歩いて記事にしたことがありました
👆の中にも書きましたが
1728(享保13)年、江戸幕府は片瀬村(藤沢市)から柳島村までの海岸一帯に鉄砲場〈銃術鍛錬場、正式名は相州炮術調練場(そうしゅうほうじゅつちょうれんじょう)〉を設置しました。以後21年間は毎年演習が行われ、明治維新頃まで百十年間も存続しました。 南湖の六道の辻から富士見町の平和学園付近まで東西に貫く道を「鉄砲道」と呼び、その道筋は、鉄砲場に沿うものだったといわれています。
この日は約1.5㎞歩いて南湖中央交差点まで
そこからまた住宅地の細道に移り、紛れます。
道が二手に分かれるところで
ピンクのボードとか、ウェットスーツの方がすごく格好よかったので思わず撮ってしまいました。
道路右はなかなかな豪邸のようで...
そして茅ヶ崎公園に紛れ込みました。
茅ヶ崎公園野球場
球場のまわりをまわって外へ
東方向へ少し行くと茅ヶ崎駅南口前から伸びてくる雄三通りに出ました
雄三通り(東海岸通りとも)は通称、神奈川県道310号が正式名称です。加山雄三の父上原謙の邸宅がこの近くにあったことで現在はこの名前になってるようです。
雄三通りは道を渡っただけ、また細道へ
このへん特有の物件ですね
各戸玄関前にでかいヘッドのシャワーとサーフボード格納庫つき〈でもシャワーは屋外のみ、だったらイヤだな..〉
また海岸へ
えぼし岩の後ろに霞む伊豆大島
波静かだからでしょうかちょっと暇そうなサーファー
波打ち際から引き返して次は「ラチエン通り」に出ます。
国道134号との菱沼海岸交差点を渡ったところから
正面へラチエン通り
左は現在パシフィックガーデン茅ヶ崎というマンション(のごく一部分)。
サザンオールスターズ「HOTEL PACIFIC」の舞台にもなったパシフィックパーク(パシフィックホテル)茅ヶ崎の跡地に建っています。
ラチエン通りとは国道1号松林中学入口交差点から南へ国道134号菱沼海岸交差点まで続く約2kmの直線道路です。(今回は逆向きに歩いてます)
昭和7年頃に現在の松が丘に居を構えていたドイツ人実業家、ルドルフ・ラチエン氏の邸宅に沿う道だったことに由来しています。
ついでに言えばサザンオールスターズ初期のアルバムに「ラチエン通りのシスター」という楽曲があります。
通り自体は道幅もそれほど広くなく車もそこそこ通る、ごく普通な道ではあります。
300mほど行ったところで西側
左の建物は茅ヶ崎市「開高健記念館」、正面の門を入ったところに「茅ヶ崎ゆかりの人物館」があります。
作家開高健は1974(昭和49)年以降亡くなるまでこちらに住んでいたとのことです。
こんな道がずっと続いています
松が丘緑地脇
この付近にラチエン邸があったのでしょう。
「ラチエン通り」の標識も
100mほど先は鉄砲道との松が丘交差点。
通りの名前はあちこち使われてます
こちらの肉屋さんなんか開高健もサザンの名前も使ってます
茅ヶ崎駅南口からのびてくる「桜道」との若松町交差点を過ぎて
片側に歩道が現れました。水路に蓋をして歩道化したようです。
もう少し行くと東海道線の踏切
異人館踏切という名前
こちらは明治末期〜昭和初期に付近に英国貿易商ボールデンの邸宅(異人館)があったことに由来するとのこと。ラチエンとは関係ないようですが、この周辺には外国人の邸宅が古くには多くあったようです。
そしてこの踏切がラチエン通りのはじまりとする解説もいくつか見られました。
東海道(国道1号)との交差点ももうすぐ先なのでそこまで行きます。
国道1号松林中学校入口交差点歩道橋から
右の建物は踏切から正面に見えていたもの。
正面は国道1号(東海道)東京方面、交差点を右に行く道がラチエン通り(のはじまり)になります。
ここで茅ヶ崎おもに街中のストリート散策は終わりですが、北へしばらく行ったところに「大岡越前通り」があってそちらもちょっとだけ通っていたので
途中には段丘に上がる急な坂道があります
向こうは茅ヶ崎市街地。
ひと山越えて
こちらが大岡越前通り

こっちはその旧道ではないかと推測
田んぼの右の方に現大岡越前通り
場所は茅ヶ崎市堤付近になります。
あの名奉行としてお馴染みの大岡越前忠相その人、その大岡家菩提寺の浄見寺がこの付近にあり、その北側の通りの通称が「大岡越前通り」です。〈いつからそんな通称になったのかは知りませんがそんなに古くはないと思います〉
〈某所から引用〉大岡家は、戦国時代に徳川家がまだ三河の一土豪だった頃からの譜代の家臣。『寛政重修諸家譜』によれば、大岡忠勝が徳川家康の祖父松平清康に仕えたのが祖でその子忠政は家康に仕えて相模国高座郡堤村で380石を賜った。父忠勝の法名が浄見だったことから忠政が浄見寺を開基し、以後大岡家の菩提寺となった。
ところどころ取りこぼしているところもありますが今回はこのへんまで
*1:解説必要ないかと思いますがいちおう、加山雄三さん、サザンオールスターズの名を冠したストリートです。