東京都と神奈川県の境、横浜市と大和市、藤沢市の境などほとんどの流域が自治体の境界になっている河川、境川を歩いた。河口から源流まで比較的簡単にたどれて歩きやすい。
境川 Wikipediaから
境川(さかいがわ)は、東京都および神奈川県を流れ相模湾に注ぐ河川。二級水系の本流である。川の名称はかつて武蔵国と相模国の国境とされたことに由来し、現在でも上流部(町田市最南部まで)は概ね東京都と神奈川県の都県境となっている。なお、かつては相模国高座郡に由来する高座川(たかくらがわ)とも呼ばれていた。また、最下流部から河口にかけては片瀬川(かたせがわ)とも呼ばれる。
東京都町田市相原町大戸の同市最高峰・草戸山(365 m)北東面(町田市立大地沢青少年センター付近)に源を発し、東京都と神奈川県の境界に沿って南東に流れる。神奈川県大和市付近から南へ流れを変え、藤沢市の江の島付近で相模湾に注ぐ。 上流部は、現在の河川規模に比較して大きな河谷を形成しているが、これはかつての相模川の流路の痕跡であると考えられている。
その1では江の島近く片瀬の河口からさかのぼり、横浜市瀬谷区と大和市の間にある鹿島橋(相鉄本線瀬谷-大和間の橋梁近く)までを歩いた。
何かイベントがあるのかいつもこんなかんじなのかわからないが、学生らしき人たちが100人単位で駅前に集まっていてにぎやかだった。
駅の目の前が境川にかかる弁天橋である。まず河口に行くため、江の島へ渡る江ノ島大橋方向へ。
江ノ島大橋の手前から
向こうは言うまでもなく江の島。しかし「江の島」なのか「江ノ島」なのか、どちらの表記もあってよくわからない。
江ノ島大橋に向かって右に目をやるとそこが境川の河口だ。
江ノ島大橋脇から江の島と相模湾
さらにその右側、片瀬漁港と境川河口
河口付近から望む片瀬橋
橋の上を通る観光バス2台。さてここから南の江の島へも西の湘南海岸にも、東の鎌倉方向にも行かず、北へ、境川の遡上をはじめる。
片瀬江ノ島駅の先にある弁天橋まで戻る
川の流れが方向を変えるので、川から江の島が見えるのはこのあたりまで。ちなみに海岸に近いマンションには駐車場、駐輪スペースなどとともにサーフボードを置くための専用スペースが用意されていて、実際にたくさんのボードが置かれていた。
河口から3つめの橋、山本橋を望む
4つめの橋、西浜橋のうえから上流側
西浜橋を渡って左岸から右岸側の遊歩道へ
江ノ島近辺も含め湘南海岸沿いは松の木が多い。
海から2kmの標識のすぐ上流は江ノ電の橋梁
江ノ島電鉄境川橋梁
境橋
江ノ電の先は境橋。ちなみに境川に架かる同じ名前の「境橋」は4か所あるようだ。
この先鵠沼、片瀬などの住宅地を通って新川名橋のすぐ上流側で柏尾川が合流する。
柏尾川合流点
右が柏尾川、左が境川。このあたりは藤沢駅南側の繁華街にも近い。
柏尾川合流点から境川の上流方向
向こうには東海道線がみえる。東海道線の線路の手前、川名橋までは川沿いに歩道が整備されているところが多かったが、その上流側、国道1号を渡るあたりまでは一般道を歩く箇所が多くなる。
JRの線路を直接渡れないので踏切まで迂回し、藤沢市村岡ポンプ場の先でまた川岸に戻る。
東橋(あずまばし)
この付近は藤沢市役所をはじめとする行政施設や藤沢駅北口の繁華街にも近く、人通りも多い。
御所ヶ谷橋の先で
前方崖の上は藤が岡と呼ばれる台地、川の中にある暗渠は滝川分水路の出口で、この少し上流で境川に合流する滝川の氾濫を防ぐために設けられたバイパス。
滝川が境川に合流する付近
こちらが滝川の本流。前方で合流している。
この付近は旧東海道が交差し、藤沢宿のなかになるところ。旧東海道は現在県道30号となって藤沢橋を渡っている。その藤沢橋と次の遊行寺橋の間にふじさわ宿交流館がある。
ただ残念なことに、少し狭苦しいうえにこの周辺道路工事中。
遊行寺橋付近から遊行寺の門を(もう少しきちんと)望(みたい)む
遊行寺橋から藤沢橋
遊行寺橋
道路工事個所でうろちょろするわけにいかず、オールド藤沢のメインストリートをそそくさと通り過ぎることとなった。
遊行寺橋の1つ上流側の御殿橋
雨上がりでもないのだが水の流れが意外に速い。このあたり昔は徳川将軍家の専用宿泊施設「御殿」があったので橋の名前が御殿橋。その御殿、北側の国道1号バイパス付近まで、広さは6000坪あったとのこと。
バイパスまで行く途中、白旗川と前方にみえるのは陣屋橋
この上流側からずっと大和市にかけて、川の右岸側が歩行者、自転車専用道「神奈川県道451号藤沢大和自転車道線」として整備されている。そしてこのバイパスを境に藤沢の市街地からははずれて、風景も変わる。
横須賀水道の水管橋
相模川や丹沢宮ケ瀬ダムなどで取水された水が横須賀市の水道水となるべく、この管のなかを通っている。下は県道の歩行者自転車道。
水管橋の脇から西側、送水管が敷かれた一直線の道路がみえる
横須賀水道みちとも呼ばれている、地下に送水管を埋めたときにつくられた道路。戦時中につくられたそうだ。反対側も勾配に直線道路が伸びていてなかなか壮観な風景だが、望遠レンズで撮りたいところ。
横浜市西部水再生センターから吐き出される下水処理水
向こう岸は大きな下水処理場。この処理場のところから対岸が横浜市戸塚区になり、藤沢市-横浜市の境を流れる境川になる。こちら側は藤沢市立石4丁目。
その先横浜水道の水管橋
横浜水道水管橋2
相模川の寒川取水堰でとられた水を小雀浄水場へ送っている、横浜市の水道水になる水が流れている。
金沢橋から下流側
左横浜市側はフェンスが黒く、右藤沢市側は白いものが使われている。管理する自治体が異なればこんなかんじになる、境を流れる川。
宇田川合流点
右から流れ込んでいるのが宇田川、左が境川。左、丘のうえにみえるのは横浜薬科大学の建物、というよりある程度の年齢以上の人は遊園地横浜ドリームランドのホテルだった、と言った方が通じるかも。ドリームランドが閉園し、一時廃墟のような扱いになっていた(管理、警備はされていた)記憶がある。
俣野橋の上流側から
和泉川合流点
右から流れ込んでいるのが和泉川。ここに大きな親水施設、公園が造られている。
橋を渡って公園のなかに入る。
境川遊水地公園のなかにある池
ここはビオトープになっているようだ。偶然遊歩道のフェンスのうえに白い鷺が来ていてしかも逃げないので、でかい望遠レンズと三脚を装備したふだんはカワセミを追っかけている中年おじさん達のモデル撮影会状態になっていた。
境川遊水地公園 Wikipediaから
境川の治水のために1990年度から神奈川県藤沢土木事務所が総合治水対策「かながわSafetyリバー50」に基づいて着手した俣野遊水地、下飯田遊水地、今田遊水地を県立公園として整備している。当公園で境川に和泉川が合流する。公園の設置は2004年度から事業に着手し、現在、俣野遊水地と下飯田遊水地の一部を開園している。指定管理者は、財団法人神奈川県公園協会。中心管理施設として「境川遊水地情報センター」が設けられている。
公園内にかかる鷺舞橋
2008年の開通「片面吊り形式の曲線吊橋」というらしい。公園のランドマークである。
この橋を渡って境川右岸側のサイクリングロードへ戻る。
公園をぬけて次の橋は今飯橋
こちら側が藤沢市今田、向こう側が横浜市泉区下飯田、両側から1文字ずつとったよくあるパターンの名前。
橋をこえて先へすすむとまた大きな遊水地が現れる。
歩いている左側は川幅を大きく広げて水を貯められるようにし、右側は文字通り、溢れた水を貯められる遊水地で、その間を歩道が通っている。
和泉川の合流地点からずっとこのあたりまで遊水地がたくさんある。きっと大規模に水の流れを制御しなければならない場所だった、つまり大雨時の洪水、浸水の被害が深刻だったところなのだと想像。
遊水地の北端を鉄道が2本
手前が横浜市営地下鉄ブルーライン、奥の電車が走っているのが相鉄いずみ野線。湘南台駅に近い場所である。
2本の鉄道の橋脚の下から
鉄道の線路を越えるとまたのどかな風景が続くようになる。
渡戸橋近くの風景
写っている茶色の橋は歩行者専用橋で木材が使われ、あたかも木造に見えるようになっている。車両用の橋はすぐ向こう側にあり、桁は一体になっているようだ。
高鎌橋
神奈川県道22号横浜伊勢原線(長後街道)の橋。
高鎌橋の先で海から15kmポスト
そろそろ藤沢市から大和市にはいるため、このポストも見納め。
大和市に入ると大きな団地のなかを川が流れる。
県営いちょう団地と境川
境川なので写真左が大和市、右は横浜市泉区。両自治体にまたがって団地を管理できるのは県営という形態、というわけ。
大和市にはいると右岸の遊歩道、自転車道は専用道でなくなり、一般道になってしまう(一部は専用道、相鉄本線の北側からはずっと専用道になる。)
団地をぬけると東海道新幹線
大和市側も一般道になってしまったが、対岸の横浜市側はこんな感じのところも。(横浜市泉区上飯田町付近)
全体的に横浜市側の川岸の道路は整備があまりできていない。
相沢川合流点
宮久保橋から上流側
ここより先はずっと上の写真のように両岸が住宅地という風景が続く。左は大和市、右は横浜市瀬谷区になる。
新道大橋
通っているのは中原街道(県道45号)。
大和市中部浄化センターから流れ込む下水処理水
厚木街道(県道40号)境橋の先から上流側を望む
横浜市側の護岸だけきれいになっている。
鹿島橋と相鉄本線橋梁を望む
さて今回はここまで。鉄道の通っているところで離脱するのが次に再開するときもアクセスが便利なので良い。ちょうど瀬谷駅と大和駅の中間くらいの位置だったが、瀬谷駅に歩いて出た。
この日は24.0km歩いた。