江戸川左岸、現在松戸の市街地あたりを遡上中。
対岸、葛飾区との間に架かるたくさんの橋梁をくぐって、市の中心部に近づくところから続けます。
堤防にあがります
江戸川はこのあたりで大きくカーブ、90度くらい流れの方向を変えています。
カーブ途中の堤防上から
流れが町側に張り出しているこの付近、かつては水戸街道松戸宿その南端で、川には対岸金町とを結ぶ渡船場がありました。また、渡った先には街道の関所、金町松戸関所が置かれていました。
〈渡船場跡の碑があるとのことでしたが、気づかなかった。〉
坂川放水路と江戸川合流点から
背後は松戸駅にも近い市街地ですが、こちら側は光線の具合でか、何か淋しいかんじ。
対岸はこのあたりが東京都と埼玉県の境界です。葛飾区水元公園の大きな池、小合溜(こあいだめ)からの排水門なんかが写ってます。
その向こうは外環自動車道の高架ですが、これがこの先どこまでも遠くに見え、一帯を取り囲んでいるような感じがしました。〈現代の長城のような〉
海から20㎞(松戸市松戸)
20000mさかのぼってこの付近の標高はわずか2m、水が一定方向に流れてるのが不思議な気がします。
すぐ先の堤防上には常夜燈などがあります。
樋野口・川の一里塚
市が設けた休憩施設です。市内江戸川堤防上に何か所かあります。樋野口はこのあたりの地名です。
矢切の渡し付近にあったのも同じ施設だったようです。
しばらく先へすすんで
対岸は埼玉県三郷市。両岸とも周辺は住宅地ですが、低層が多くなってきました。
こちら側堤防の先はこんな風景
松戸市古ヶ崎、上葛飾橋の上流側。水門がありますが、六間川の放水路(みさき川)のようです。
少し戻って
上葛飾橋
隣りの葛飾橋から2500mほどさかのぼったところ、県道295号松戸三郷線の橋梁です。
さらに遡って河川敷方向
前方赤白のタワーと白い建物は三郷排水機場、三郷放水路を通して西側を流れる中川などの水を江戸川に引き入れてます。
左岸側もその先松戸排水機場があって江戸川の東側を流れる坂川から坂川放水路を通して水を引き入れます。
左岸自転車道兼歩道、先が松戸排水機場、その水門など
水門近くから(松戸水門)
水門は江戸川の逆流(坂川への流れ込み)防止用です。江戸川の水量が多いときは水門を閉じ、坂川は隣接する排水機場から水圧をかけて排水を行います。
坂川放水路側
坂川はここの他にも江戸川との合流点がいくつかあります。昔から坂川が周辺水田の用水として利用され、流路が延長されたり流れがたくさん分かれているためです。市川市との境界付近の柳原水門も坂川との合流でした。
「海から24.25㎞」標識が松戸水門脇にありました。
「海から25.00km」地点
松戸市と流山市の境界近くになります。前方の橋梁はつくばエクスプレス江戸川橋梁です。
その橋梁の上流側
また別の橋が見えます。
近づいて
これはガス導管が通っていて東京ガスが管理している橋です。
その下をくぐってさらに遡上。
「海から26.5㎞」地点まできました(流山市木)
この付近の地名、「木」と書いて「き」です。かつては東葛飾郡木村という村だったようです。
たしかもう少し上流に「加(か)」も存在します。〈く、け、などは無いです…そんなつもりでつけた地名ぢゃない〉
前方の橋はJR武蔵野線江戸川橋梁、その隣りに流山橋があります。
武蔵野線電車と
柵があります。最近、荒川や江戸川を歩いて気付いた事ですが、南側にだけ防風用?の柵が設けられている鉄道橋梁が多くあります。〈この橋梁は両側にありました。〉
流山橋は県道29号草加流山線が通り、現橋梁竣工は1965(昭和40)年です。
手前青い橋桁のほうは歩道専用橋でその隣りに車が通る橋があります。
さて、ゴール目標地点に到達しました。この橋は2年ほど前に江戸川右岸、埼玉県側を歩いたときに渡り、ここから左岸、千葉県側をさらに遡って歩きました。その時との接点となる場所です。
この日は反対方向、埼玉県三郷市側へ渡ります。
橋の上から江戸川上流方向
川の中には旧流山橋(初代、1935(昭和10)年竣工)の橋脚が見えています。
初代の橋が架かる前は丹後の渡しと呼ばれた渡し舟があったそうです。
埼玉県側へ渡って最寄りの三郷駅へ出ました。
江戸川放水路河口からさかのぼった日の記録はここまでです。
足あと地図を置きます。
その1とその2へのリンク
江戸川を歩く 放水路河口から流山橋 その1)国府台まで - 散歩の途中
江戸川を歩く 放水路河口から流山橋 その2)松戸まで - 散歩の途中