こよみのうえでは2026年となりましたが、昨年の散歩の記録です。
10年近く前にも歩いた『横浜水道みち』、その一部区間を再び歩いてみました。
横浜水道みちについて、前置き長くなっちゃいますが以前自分でまとめた文を引用再掲します。
日本の近代水道発祥の地といわれる横浜の水道は明治20年(1887)に給水が開始された。
その水道の水源は相模川にあり、神奈川県津久井郡三井(みい)村(現在の相模原市緑区三井)に取水口を設け、横浜の野毛山浄水場(横浜市西区)まで約44kmの間水道管を敷設した。
工事にあたって、イギリスから持ち込まれた水道管や、さまざまな工事用の資材を運搬するには道路も整備されておらず、トラックのような大型機械もなかった時代、その手段として水道管を敷設するルートを切り拓くと、上にレールを敷き、トロッコを使ってそれらを運んだということである。
その後、送水管の通っているところを「水道みち」と呼ぶようになって現代に至っている。
三井の取水口は効率が悪かったことなどでさほど長くは使用されずに廃止され、現在は使用されていない。
三井の取水口に代って道志川の青山に取入口が設けられ、城山隧道という水道用の長いトンネルを通すように改良されている。
また青山の取入口もさらに上流に設けた鮑子(あびこ)取水口に代ったが、鮑子~城山隧道経由の水道路は現在でも使用されている。
今回は相模原市緑区大島から町田市鶴間までの区間を歩きましたが、まとめは2つに分けました。
まず前半として相模原大島(大嶋坂)から相模原麻溝公園までです。
スタートはリニア新幹線の駅建設中でもある橋本から
駅南口近くは隕石でも落ちたかのような大穴が空いている工事現場、その脇や相模原北公園を通り、駅から4㎞ほど離れた大嶋坂上(相模原市緑区大島)で『横浜水道みち』に出ました。
大嶋坂上から(上流)取水地点方向を見て
左に下っていく道(大嶋坂)、その右の歩道部分などに送水管が埋められていました。
現在現役の送水管は少し離れたところを通っていますが、最初に開通したここから辿って(方向は横浜のほうへ下りつつ)歩くことにします。
ふり返って横浜(旧野毛山浄水場)方向
200mほど先には「相模原市立渓松園」というまるい建物があります
現在は老人福祉施設建物となっていますが、かつてここは「大嶋送水井」という水道関連の施設で、建物の後ろ側、がけ下を流れている相模川の水をポンプでくみ上げて送水管に補給していました。
1934(昭和9)年の完成、この頃には水道の使用量が増えて供給が追い付かなくなったのでしょう。
1954(昭和29)年頃まで使われていましたが廃止され、建物はそのまま老人福祉施設に転用したとのことです。
渓松園建物の裏手にまわると崖下に相模川がみえます
取水設備のあった河原の一帯は現在、キャンプ場などもある「相模川自然の村」公園になっています。
水道みちに戻ります
はじめは一般道となっている〈元〉水道みちを辿ります。
送水管は(開通当初も現在も)基本的に👆の写真のように段丘崖上の平らなところを伝っていますが
時々例外もありまして
久しぶりに歩いたので忘れてしまっていて、はじめここを左の道へ進んでしまいました。
この付近(ここも地名では相模原市緑区大島)からは別のコースに付替えられた現役の横浜水道送水管が合わさって文字通りの「水道みち」になります。
一段低くなった水道みちを先へ行くとまた下り坂が現れますが
右は途中ヘアピンカーブして相模川の河原まで下ってしまう坂道。
間違えることなくこちらは左へ
大嶋坂上から2キロちょっと(まだ地名は緑区大島)
このあたりまで古い水道みちは多少左右にカーブしながら段丘崖のすぐ脇を通っていましたが、ここからは道がほぼ直線になり崖ぎわからも離れていきます。
👆の先で県道をXクロスしてさらに300mほど(相模原市中央区田名)

このあたりは簡易な舗装、道は前後どちらも一直線、車の通行はできますが大型車が入ってこないよう一般道との交差地点などは車止めも厳重です。
現在もこの地下を送水管が通っています。
水道みち脇で見かけた標柱
2つありますがどちらも距離標で取水地点(現在の相模原市緑区三井)からの距離[㌖]を表わしています。
背の高い方は「十二粁 横濱市水道局」、左は「12.0 YWW」(Yokohama Water Works)
水道みちは時々広い道路が横切ったり
住宅地の生活道路となったり
未舗装になったり
でも一貫して直線でだいたい南東の方向へ下っていきます。
これは水道空気弁のマンホール
空気弁は水道管内のエア抜きをして水流をスムーズにする装置です。
マンホール蓋に「横浜市」などの文字があります。
空気弁や距離標だけでなく水道みちでしばしば見かける装置、設備などの多くが『横浜水道』を主張しています。
〈また、水道みち上の26ヶ所には「水道みち『トロッコ』の歴史」という解説案内看板があって前回はそのすべてを記録しましたが、今回そちらはあまり意識してなかったです〉
国道129号と交差する上溝南高校前交差点(相模原市中央区上溝)
水道管は交差点左から右、国道に対しては斜めに横切っています。
国道の先はまた農道のように
JR相模線線路の下を潜って
整備された舗装路となり
正面円筒形の塔も水道関係のものですが、横浜市水道局ではなく「神奈川県内広域水道企業団相模原調圧水槽」
下を通る送水管の水圧を調整するための施設で、水の圧力が高くなったときにこの塔(筒)のなかに水が上がってくることで調整をするのだそうです。高さはおよそ50m
ちょうど塔の付近で横浜市と神奈川県の送水管が(地下で)クロスしているようです。
ここが交差地点かな(相模原市南区当麻)
前方へ歩道っぽいのが横浜水道、車が通る道路下には神奈川県の送水管が通り、左電柱がかぶってしまいましたが調圧水槽が見えます。〈『水槽』って言うの何かイメージしにくいけど〉
その先横浜水道みちは3本の川を連続して渡ります。
最初に鳩川
2つめ姥川
ここは送水管が地上に現れています。〈そろそろ水色を塗り直してあげると良いかも〉
3つめは道保川
前方へのびるのが横浜水道みち緑道、フェンスの切れ間が橋になって下を道保川が流れています。3本のなかで一番細い川です。
ここを渡ると段丘崖にぶつかり、一時的に水道みち緑道は上り坂にさしかかります。
緑道上ってきたところ、正面歩道柵の向こうでまた上ります
横切って左へ上がっていくのは県道52号(相模原町田線)
さらに緑道上がると市立相模原麻溝公園に入ります(南区麻溝台)
〈隣接して県立相模原公園もあり、どこからどちらの公園なのか不明なところも..〉
👆の少し手前、通ってきたところには女子美術大学があります。
そちらの制作でしょうか、横浜水道の案内がたっていました
地図には現在の取水口がある道志川鮑子、青山沈殿池と旧三井取水所から現在地(女子美術大学)を経て横浜市内川井、西谷各浄水場、旧野毛山貯水場などが記されています。
左下は水道管:直径1.5m 〈姥川の上に見えていたのと同じものでしょう〉
その右は総水量:横浜水道完成時(1887)は約6,000㎥/日(対象人口約10万人)、2011年の横浜市全体(370万人)では約120万㎥/日
〈あとの説明は省略〉
というところで1回休憩します。