座間の水辺をそぞろ歩き その2 羽根沢・いっぺい窪・芹沢川

前回の続き、次の水辺へ移ります。

かつて藤沢街道とも呼ばれていた古い道、現在の県道42号(藤沢座間厚木線)に出て東へ進み座間丘陵を上がります。

県道42号星の谷観音坂下交差点手前から


交差点を直進し一段目の坂を上がったところには坂東三十三観音八番札所でもある星谷寺(しょうこくじ・ほしやでら)があります。

星谷寺〈境内通りすがりの1枚ですごめんなさい〉

 

小さな川(沢)のはじまるところから歩く【羽根沢】

星谷寺の先から二段目の坂を登りきると座間丘陵の上段に出ますが、その北側、南側ともに浸食された谷戸となっていて狭い頂上です。

北側はその名も「座間谷戸山公園」、園内の湧水や雑木林などを活かした自然公園になっています。

南側も切れ込んだ谷戸ですが住宅地開発が入っています(座間市入谷東3丁目)

大きな窪地、坂道下って谷底へ道路の先急激な勾配、その左急斜面に住宅が密集してます。この背後も似たような地形です。

👆左の駐車場の先、「入谷4丁目子供の森」とある『空地』このあたりが谷戸の一番奥、いわゆる「谷頭(こくとう)」という部分になるのかな

このようなところには湧水、目に見えなかったとしても地下浅い場所に水みちが通っていることがよくあります。
ここの谷底いちばん低いところを伝っていくと小さな流れが顔を出すのでここ子供の森にも水みちがあるのでしょう
まわりは住宅が密集していますがここだけ何もないのはその影響かもしれません。

 

また200mほど下って幼稚園園庭越しに下はテニスコートになっていますが調整池です。(調整池とは大雨などの際に雨水を一時的に貯留し、河川への流出量を調節することで、浸水被害や洪水を防ぐ施設です)

 

まわりこんで観察すると右上が👆の幼稚園、2面あるテニスコート手前に連なるグレーチング蓋の下が顔を出した水の流れになります。
流れは左手前方向に、方角としてはほぼ真南に下ってます。

 

一本道路を交差した先


時々暗渠、トンネルになったり顔を出したりしてしばらく住宅地内を下り

ここは向かい合う坂道、見事なスリバチ地形になってますしかも下りて上がって、少し平坦面があってその先また急坂で上がる、またこの足元背後(後ろ)側にも同じように平坦面と上り坂が控えているという両面2段構えのゴージャスな地形となってます。

ただ残念な事に谷底の流れは暗渠化されちゃって見えないのですが..水は右から左へ下ってます。

 

次はバス通りにもなっている市道の上から向こうが下流方向

市道から階段を下りて見返したところ流れは市道の下をトンネルでぬけてきます。

 

この先はしばらく谷間(河谷)の幅が狭くなっています。
ところでこの流れ、ここに掲載するにあたって名称を調べてみるのですが、珍しくほとんど手がかりが得られませんでした。

なので推測の域を出ないのですが
古地図では「羽根澤」という小字名が見られること
座間市の郷土資料のようなものに付近の住人がかつて羽根澤(沢)と呼んでいた記述があったこと
から、おそらく「羽根沢」なのではないかと

間違ってたらごめんなさいですが、以下この名称で呼ばせていただきます。

 

羽根沢は狭くなった谷間、斜面の下を流れていきます流れの周囲は最近になって宅地化され、どこにでもある住宅街が続きます。
以前は細長く水田となっていたようです。

 

現在開発中の崖斜面がありました(座間市入谷東4丁目)

少し前まで雑木林だった急斜面、関東ロームの赤土がむき出しですごい風景。こちらにも間もなく住宅が建ち並ぶのでしょうね
流れにはボックスカルバートがはめこまれて部分的にトンネル化されてます。

 

その下流、また少し流れて


少し周囲が広くなったかなと思うと
途端に大きな調整池に入って行きました(海老名市上今泉5丁目)この小さな沢にこれほど巨大な調整池が必要なのかは不明(ほかの小さな流れもここで合流しているらしい)ですが..

池の底に溝が刻まれてますが通常時の沢水はそこを流れてから小さな穴に落とされてさらに下流へ流れ出ているようです。

 

水は調整池から200mほど先で目久尻川に合流します。

その途中にこんなところがありましたが水がありません本流は現在別のところを流れているのでしょう。

 

合流点 目久尻川・産川橋の上流側から(海老名市上今泉6丁目)ちょうど橋の下、右側から羽根沢の水が合流しているようです。〈対岸の川原へ下りれば観察できたかも〉

羽根沢ここまで

羽根沢を追いかけて行ったら座間市を飛び出して海老名市に入りました。
目久尻川を少し遡って座間市内へ戻ります。

 

【いっぺい窪】

羽根沢の合流地点から1キロちょっと目久尻川をさかのぼったところ

川の流れ脇に近くの『いっぺい窪』からの湧水が溜められて親水公園になっています。(座間市南栗原4丁目)向こう側壁の上から水が落とされています。

近づくと水路を伝った水がこちらへ導かれていました。

 

その水路をたどると

いっぺい窪はこの奥にあります私有地で立入る事ができないので座間市資料からですが、この湧水は面積が広く、水が湧くところが何カ所もあるそうです。
水量も現在は減少したとのことですがわりと多くの水が流れています。

 

【芹沢川】

いっぺい窪近く(少し上流側)の目久尻川近くに見える橋は巡礼橋といい、坂東三十三観音八番札所である星谷寺(2枚目の写真)への古道、『巡礼の道』に架かる橋です。

向こうの高架橋は県道42号(1枚目の写真が同じ道路)のものですが、目久尻川が削った谷間を横断する形で架けられています。
橋の左右段丘の高さが橋面の位置に等しく、川が削った谷の深さがわかります。

2つの橋の間、右にあるのは龍蔵神社といいます。

 

もう少しさかのぼると芹沢川の合流点があります(座間市南栗原3丁目)右、橋の下から芹沢川が合流。

芹沢川も近くの谷戸の湧水が集まったものです。源流の周辺一帯は現在も座間市や米軍キャンプ座間で使用する上水道の水源地となっています。

 

芹沢川上流へ(座間市栗原中央5丁目)


さらに谷戸奥へ進むと芹沢公園があり

その一角にあるここは「座間市水道部栗原水源ポンプ所」(座間市栗原)地下水源から井戸式に水を汲み上げ上水道の原水としています。

右手前建物がポンプ室(おそらく現役)、奥の水色建物は使用されてませんが管理棟か何かでしょう。

近くには(すでに使用されてませんが)「塩素滅菌室」と記された建物もありました

現在芹沢公園となっているこの谷戸(芹沢川の源でもある)一帯には水を汲み上げるための施設がいくつか集中しています。
座間市(と米軍キャンプ座間)は最近までこの地下水だけで水道水をまかなっていました。(現在は人口増加などもあり県水道局からの水も混ぜられた水道となっているようです)

 

芹沢公園内右奥の林のなかあたりが芹沢川の源(いちおう地図上の)となっているようです。

 

公園内別の場所から谷戸地形のいちばん奥にあたる谷頭(こくとう)付近です。

 

ここで水辺の話からは離れますが

現在の芹沢公園を含む周辺一帯には戦時中「高座海軍工廠」がありました。
解説板の文字を拾いました

「雷電」を作った海軍の工場
太平洋戦争末期の昭和18(1943)年、現在の座間市東原一帯に海軍直属の工場が開設されました。この工場は当初空C廠と呼ばれていましたが、昭和19(1944)年 高座海軍工廠として正式に発足しました。
この工廠は約1万人規模の工場で、開設された目的は、高度1万メートルを飛行する米軍爆撃機B29を迎え撃つ新型戦闘機「雷電」を生産することでした。
工廠敷地は当時の大和町、海老名町、綾瀬町にまたがり、組立工場のほかに将校宿舎・工員寄宿舎・倉庫・診療所などを含んでいました。
この工廠の従業員の約8割は台湾出身の少年工で、そのほかに軍人、学徒動員の学生、勤労女子挺身隊などが働いていました。

 

高座海軍工廠につくられた地下壕について解説文まとめたもの

地上施設の建設と並行して、下栗原の目久尻川沿いや支流の芹沢川谷あいの崖面に無数の地下壕(防空壕)が作られました。
地下工場3ヶ所と地下物資倉庫十数ヶ所、変電所などを備えた壕もあったと伝えられています。
現在の芹沢公園内には戦闘機雷電を製造する地下工場が作られ、地下壕は東西と南北方向にあみだくじのように地下道が張り巡らされました。
戦後は米軍の進駐とともに壕内の機械類、物資などは撤収され、壕のほとんどが埋められました。

 

埋められずに残った一部の地下壕入口付近を公園内に今も見ることができます。

内部に照明のある壕

雷電のレプリカが置かれた壕もあったのですが写真が大ピンボケとなってしまい残念ながら..

 

残された地下壕の周辺右側崖下に「穴」が残っています。

といったあたりで今回終了とします。