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散歩の途中

iPhoneもって散歩しながらいろいろ観察したノート

野火止用水を歩く 2/2

野火止用水を玉川上水との分流点から志木駅の南側まで歩いたときのノート、ふたつに分けたその後半。埼玉県新座市と東京都東久留米市の境界から新座市側へ向かう。

野火止用水行程

こちらへ至るまでの前半のノートはこちら。

miwa3k.hatenablog.jp

新小金井街道が野火止用水から逸れていくところ、清瀬市松山3丁目の交差点を過ぎると用水の流れは埼玉県新座市に入る。実際には東久留米市との境界をしばらく流れるが、用水の管理は新座市が行っているようだ。新座市に入ってすぐのところに解説板が立てられていた。

野火止用水の解説板

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解説板のあった付近の様子

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新座市に入って流れの幅がコンパクトになっている。一般車道から流れをはさんで反対側にずっと歩道が整備されている。まだこの付近は流れの右側が東京都東久留米市だ。
少し先で西武池袋線を越える。

西武池袋線踏切にて

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踏切の前後は暗渠となっている。ちょうど歩道の下に水が流れていて、歩道の幅が踏切部分に比べて広くなっている。踏切の先ではまたすぐに流れが現れる。

踏切側を振り返ったところ

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流れがまた顔を出している。この先も用水は暗渠と開渠を繰り返して先へ進んでいく。

西堀小学校交差点先で

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この付近、流れはまた暗渠となって、上が歩道になっている。ちょうどこの地点は野火止用水本流から菅沢・北野堀の支流が分かれて行くところ。分かりにくい写真になってしまったのだが、左側車道の向こう側にコンクリートで囲われ一段高くなっているところがある。そこから手前左側、路肩の縁石ブロックの出っ張りのところへ生垣に沿って細い通路のようなものがあるが、ここが菅沢・北野堀の流れ跡である。右側歩道の本流から左へ分岐し、そのすぐ先でまた左側に折れていたようである。

史跡公園の手前

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本流を先へ進むとまた流れが開渠になり、雑木林の史跡公園手前で道路が分岐しているところへ出る。ここの公園内で野火止用水も3つに分流していて、現在も本流と平林寺堀の流れが分かれているところを見ることができる。

本流と平林寺堀分流点

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現在2つに流れが分かれている。もうひとつ陣屋堀というのがあったようだが、そちらの流れは跡形もない。

公園内を通る平林寺堀

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この流れは先にある平林寺の境内へと導かれていて、この堀に沿った歩道もあるが、今回は追っていない。
野火止用水本流に戻って

史跡公園の先で

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流れに沿って行くとその先は本多緑道にさしかかる。

本多緑道から用水横の畑など

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この付近は畑や雑木林なども残っていてのどかな風景に出会える。畑のうえには散った桜の花びら。

緑道この付近は桜並木

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菜の花と用水

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雑木林も

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本多緑道のある公園を出るとすぐに関越自動車道と交差する。野火止用水の水は掛樋でここを渡る。

野火止用水水路橋と下は関越自動車道

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この近くを流れる平林寺堀にもやはり水路橋が架けられているそうだ。関越道を越えると平林寺の広大な敷地に入っていく。平林寺の境内に直接流れ込んでいくのが平林寺堀、境内に広がる林の西端に沿って流れるのが本流。
いったん本流を離れて平林寺の門前まで行ってみた。

平林寺総門から

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向こうに見えているのは山門。ここには野火止用水を開削した松平伊豆守信綱の墓をはじめとして大河内松平家廟所などもある。周囲の広大な境内林は国の天然記念物に指定されているそうだ。境内をまわると1時間程度かかるということ、この日は残念ながら時間的余裕がなかったので門前にて失礼。
野火止用水本流に戻り、平林寺西側の雑木林の端に沿って歩いて行く。

平林寺雑木林脇の野火止用水本流

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歩道

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平林寺境内林をぬけるとまた普通の道路の脇を流れるようになるが、しばらく流れに沿って雑木林風になっている。

平林寺境内林の先で

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このような風景も川越街道(国道254号)にぶつかるところまで。ここから用水の流れは暗渠となり、その先で流れを見ることはできなくなる。

暗渠となる直前の流れ

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川越街道を越えると向こう側はまた親水公園風の歩道が整備されていて、せせらぎもしばらくの区間で見ることができる。

野火止用水本流の分岐地点

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左側が用水上流、ひとつの流れは右方向に流れ、もうひとつはこの地点から正面奥の歩道に沿って流れていき、ここから数ブロック離れた菅沢・北野堀と合流しているようだ。正面奥の歩道はJR武蔵野線新座駅に向かっていて、駅付近には用水を模したせせらぎと遊歩道(野火止用水ふる里小道)がつくられている。
今回は右側、新座駅方向ではない方へ進む。しかし言っちゃあ悪いが、ここのせせらぎに流れ込んでくる水の汚いこと、灰色に濃く濁っていてどぶ川のよう。なんでこんな水が出てきているのだろう?
野火止用水本流暗渠の上はずっと歩道が整備されている。新座市野火止と呼ばれるこの界隈は、当初この付近へ用水を引くことを目的にしているので、用水の支流となる堀も網の目のように張り巡らされていたようだ。ただし現在はどの堀も消えてしまって痕跡も少なく、本流の上やいくつかの堀が断片的に歩道になっている程度である。かつてこの周囲は農地だったが、現在は基本的にすべて住宅地だ。

本流上の歩道をJR武蔵野線の高架が横切る

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住宅地のなかを貫く歩道(新座市東1丁目付近)

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このような歩道が結構長く続いているが、街中に近づくと歩道は一般道へと変わり、流路の上が道路ということもなくなるので、本流とはいえ流路跡がどうなっているのかまったくわからなくなってしまう。

志木駅前に近づいて

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この道路上にかつては本流の流れがあったらしい。しかしその先、志木街道の交差点からは痕跡もほとんどないということ。

志木街道との交差点に至る

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左側が交差点、手前足元から志木街道方向へ用水が流れていたそうだがもはや確認するものもない。
この先新河岸川付近にはまたいろいろな用水の遺構があるそうだが、この日はあまり余裕がなくてそこまでは行けず。
交差点の反対、右側へ行き、東武東上線志木駅南口に出る。本日はここまで。

野火止用水を歩く 1/2

野火止用水(のびどめようすい)は玉川上水の小平監視所から分流して武蔵野台地上を北東方向にながれ、埼玉県新座市などを通って志木市新河岸川へ続いて行く、江戸時代に開削された用水である。この用水は先の方で枝分かれして何本かの支流に分かれるが、今回はメインストリーム、本流と呼ばれる水の流れに沿って、玉川上水の分流点から志木駅南側の街中まで歩いた。
ノートは2つに分け、前半は玉川上水との分流点から、埼玉県に入る手前まで。

野火止用水行程

歴史など

野火止用水の歴史は古く、承応4年(1655年)、徳川幕府老中の川越藩主松平伊豆守信綱によって開削された用水路で、「伊豆殿掘」とも呼ばれています。
幕府は承応2年(1653年)に多摩川から江戸へ水を引く玉川上水の掘削工事を許可、老中松平伊豆守信綱がその総奉行となって工事にあたり、難工事の末に承応3年(1654年)に完成しました。
その功績により信綱は、関東ローム層の乾燥した台地のため生活用水に難渋していた領内の野火止(野火止は現在の新座市にある地名)に玉川上水の分水を許可され、承応4年(1655年)に野火止用水が開通しました。用水路は、素掘りにより開削されていますが、土地の低いところなどには、版築法などにより堤を築いたりして野火止の台地に引水されました。用水の分水割合は、玉川上水7分、野火止用水3分といわれ、主として飲料水や生活用水に使われ、のちには田用水としても利用され、用水路も延長されて行きました。
ところが、昭和30年代ごろから用水への生活排水の排出が日常的におこなわれるようになり水質は悪化、その後も水質汚染は改善されず昭和48年(1973年)には、玉川上水からの取水が停止され、次第に用水路には蓋がされ暗渠化されていくようになったのです。
しかし、歴史的にも貴重な野火止用水をよみがえらせようとの住民の機運が高まり、東京都により昭和49年(1974年)に隣接する樹林地とともに歴史環境保全地域に指定され、下水処理水をさらに浄化した高度処理水を流水に活用する「清流復活事業」を実施し、昭和59年(1984年)に野火止用水に流水がよみがえり現在に至っています。
小平市HP、新座市HPを参考にして一部調整)

野火止用水のはじまりは、玉川上水の小平監視所というところ。ここで玉川上水と分かれて流れていく。

アプローチは玉川上水駅から

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ここの駅前には玉川上水を歩いた時など、何回か来ているのに、この駅で下車したのはたぶんはじめて。でも駅前の風景には見覚えありという場所。
駅前から玉川上水下流側へ自転車置き場の脇を通って、小平監視所まではさほど遠くない。

玉川上水駅前の玉川上水

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多摩川羽村堰で取水された水は玉川上水を川のように流れてきて小平監視所に達し、ここからは地下の導水管で全量が東村山浄水場へ送られる。小平監視所の下流は水の流れがなくなってしまうので、現在は昭島市下水処理場(いまは「水再生センター」と言うようだ)で処理し、さらに高度浄化した水を別途引いて、ここより下流玉川上水と野火止用水に流している。
小平監視所は以前、玉川上水を歩いたときに少し写真を撮ったので、そちらへ。

miwa3k.hatenablog.jp

最初は少しだけ玉川上水のほうを。

小平監視所の下流側で処理水が玉川上水に流れ出してくるところ

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角度を変えて

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石の上に何かたくさんくっついているのは桜の花びらなのだ。

玉川上水に流れていく

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ここまで野火止用水が出てこないのは、小平監視所からしばらくの間、水路が暗渠になっていて流れが何も見えないので。

道路をはさんで左に野火止用水(暗渠)、右に玉川上水が流れていく

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野火止用水の横を西武拝島線が通り、隣の東大和市駅まで暗渠の上の歩道と並行している。

西武線の線路と車庫、向こうに桜

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暗渠の上の歩道

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東大和市駅

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東大和市駅はかつて青梅橋駅と名乗っていた。駅近くで青梅街道が野火止用水を渡る橋の名だったそうだ。写真前方の交差点名は現在も青梅橋交差点だが、用水路はまだ暗渠。
交差点の先で西武線の高架下をクロスし、自転車置き場の先へ出るとはじめて流れを目にすることができる。

流れがあらわれるところ

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ただしこの流れは親水用のもので、野火止用水の水はまだ暗渠でこの下を流れているらしい。
東大和市向原6丁目と小平市栄町1丁目の境界。周囲は住宅地である。
しばらく行くと野火止緑地という雑木林のなかへ、方向を変えて流れは入っていく。この緑地に入ってここまで暗渠を流れてきた水が姿を現す。

野火止緑地手前

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野火止緑地内

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この辺は玉石を積んで整備されているが、地面を掘っただけの掘割を水が流れているところもある。いろいろ。
緑地を過ぎ、しばらく歩道が用水に沿っているが、その先また用水が暗渠になってしまうところがある。この先も流れが見えたり隠れたりが繰り返される。

小平市小川西町2丁目と東村山市富士見町1丁目境界付近

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左側桜の木が植わっているあたりに暗渠になった流れがある。
桜並木の先に突然古い洋館が現れ、周囲の雰囲気とここだけちょっと違うので、なんだろうと思ったら

明治学院中学・東村山高校敷地内のライシャワー

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港区白金台にあった宣教師館で、明治学院で教鞭をとったライシャワー博士(ここで生まれた次男がのちにアメリカの駐日大使となる)の住居だった建物を移築したものだそうだ。でも道路側は裏側。野火止用水の暗渠が木の生えているあたりを通っている。

明治学院の先でまた流れが現れる

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このあたり小平市小川西町3丁目付近、「春の小川」。

西武国分寺線の踏切を渡る

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右側は九道の辻公園。この先の交差点がかつては九つの道が交差する辻だったそうだ。現在は府中街道などが交差している八坂交差点。いまは九つ交差しているかは微妙。

八坂交差点の先で

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前方、用水にまたがっているのは西武多摩湖線八坂駅のホーム。
西武多摩湖線を越えるとしばらくしてこんどは西武新宿線を渡る。このあたり西武なんとか線が入り乱れてる。新宿線久米川駅付近はまた暗渠となっていて、歩道がその上に通っている。新青梅街道を過ぎるとボウリング場の脇から流れが顔を出す。

東村山市恩多町3丁目付近

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少し前に訪ねた黒目川や支流の出水川の源流がある小平霊園もこの近くにある。
その先に「恩多野火止水車苑」というのがあり、野火止用水にあった水車を復元したものが置かれている。

奥にちょこっと水車(いろいろあって全然うまく写ってない)

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手前の石組みは水車を回す水の排水路。用水は写真左側を流れている。

その近くで、下がレンガのアーチになっている橋

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東村山運動公園の手前

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東村山市内の新青梅街道から先の野火止用水は、両岸に木がたくさん植えられて並木道が続き、その間に水の流れがあった。
しばらく行って用水が東村山市東久留米市の境界を流れるようになると、道路が拡張されて交通量が増え、用水の流れを見ながら歩けない場所も出てくる。

清瀬市境界付近・野火止通り

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清瀬市内に入ると野火止通りは新小金井街道と合流する。

新小金井街道と野火止用水

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用水の左側が清瀬市、右側は東久留米市。この先数百メートルで新小金井街道は野火止用水から離れていく。ちょうどその場所が東京都と埼玉県の境界で、しばらく東京都東久留米市と埼玉県新座市の境界を用水が流れるようになるが、そこからはまた用水も周囲の様子も変わっていく。
後半へ続く。

北沢川緑道で花見散歩して水無川緑道も歩く

蛇崩川緑道を歩いたあと、場所を変えて北沢川緑道でお花見散歩の続きをした。北沢川緑道の起点は世田谷区池尻、蛇崩川をさかのぼって世田谷区弦巻に来たのでこの区間は電車で一気に移動。東急田園都市線桜新町から池尻大橋駅へ。

池尻大橋駅

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まずは目黒川緑道を目指す。この近くに通っているのは、以前目黒川、烏山川を歩いた時に確認済み。

miwa3k.hatenablog.jp

miwa3k.hatenablog.jp

駅から国道246号を渋谷方面へ歩いて行くとすぐに目黒川緑道がはじまるところへ出る。目黒川は国道246号を渡るところを境に、上流側は暗渠となっていてその上を目黒川緑道が整備されている。

北沢川・水無川行程(青色ライン)

地図は蛇崩川と共通の使いまわし。

目黒川の桜は流れの見えている下流部の青葉台から大崎あたりまでがお花見スポットとして有名、だけど上流の方だって桜並木は続いている。桜の花に差はないし、人の少ないこちらの方が落ち着いて歩けるのがありがたい。(個人の感想です。)
目黒川緑道に入る。この緑道は距離的には短く、Googlemapで距離測定したら620mと出た。緑道の脇にはせせらぎがあって、小さな魚などもいるようだ。

魚を狙って、妙に人なれした鷺

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向こう側がフェンスでちと残念だけれど、桜は満開

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ほどなく目黒川緑道終点へ

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目黒川、北沢川、烏山川、3つの緑道のマップ

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マップ見にくいけど、右端の目黒川緑道から、分岐点を経てこの後、上側の北沢川緑道を歩く。下側には烏山川緑道が北沢川緑道とほぼ並行していて、そちらは先に歩いている。

分岐点

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今日は右側へ。

◆北沢川

北沢川緑道へ入るとすぐに満開の桜並木が続いていた。小さなせせらぎもずっとあってよい雰囲気。普段ならシャッターを切らないような場所でも、つい撮影してしまう。なので少しだけ。

満開の桜/プロムナード

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橋の欄干が残されていたり

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周囲は落ち着いた住宅街が続く

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緑道に入ってから2キロ弱がずっと桜並木。ずっと場所を変えながら、どこもいい感じだ。
その先、環七通りを渡るあたりでとりあえず桜並木はおしまい。小さなせせらぎもなくなるけれど、緑道は続く。しばらく行って小田急線の高架下をくぐると梅ヶ丘、豪徳寺と今度は小田急線沿いに道(川?)は進む。

道の分岐が昔の川の合流点かと思ったところ

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豪徳寺1丁目付近。左側が北沢川緑道、右も奥へ向かって道の曲がり方(写ってないけど)が川の流路のように見えたが、真相はわからず。
もう少し行くと東急世田谷線の線路に突き当たって一旦行き止まりになる。

世田谷線線路で行き止まり

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ここはすぐ左側が山下駅で、構内を横切ると反対側に出ることができる。風景は一変して広い道路の脇に水路跡の緑道、ユリの木公園と名前も変わる。

ユリの木公園歩道

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ユリの木公園の様子

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公園となっているけれど、真っ直ぐな長い歩道。そこにユリノキがたくさん植えられている。通ったときはまだ葉がでる直前で、少しさびしい。

赤堤小学校南側

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都営住宅と小学校の間の歩道。歩道の上には桜の散った花びら。

経堂赤堤通り団地横で

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桜の木は個人宅のもののようだ。

その団地の先に北沢川と、ここのすぐ隣にあった佐内弁財天についての解説板

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そこから先は日大桜ヶ丘高校や日大のグラウンド脇を細い歩道が通る、普通の通り道となる。そしてついに流れの跡ははっきりしなくなってしまう。

源流と言われる、将軍池公園手前の路地から

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ここも流路跡かどうかははっきりしない。この先で大きな道路に突き当たり、そのすぐ向こう側は都立松沢病院に隣接する将軍池公園、源流域に達する。

将軍池と左側は築山

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解説板

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松沢病院や将軍池公園は世田谷区上北沢2丁目に位置する。
北沢川はこの付近の湧水を源流としていて、一般にこの池の水もそのひとつと言われている。水量は少なく(枯れることも多かったらしい)、農業用水として不安定なために玉川上水から引水していた。現在は全区間暗渠となり下水道として使用されている。これは近くを並行して流れ、池尻で合流している烏山川とまったく同じ状況である。玉川上水から北沢川への導水路は、まだ跡が残っているそうだがそちらは今回追わなかった。

水無川(中川)

次に烏山川の支流である水無川三鷹市内に入ると中川と名称が変わる、へと移動する。烏山川は池尻で北沢川と合流しているが、上流はずっと北沢川とほぼ並行して流れていた。その間隔はだいたい1kmくらいなので、烏山川と水無川の合流点へは歩いて移動する。

烏山川と水無川の合流点と言われる地点

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世田谷区八幡山2丁目。正面奥は千歳清掃工場、手前右側へ烏山川の流路跡の公園、じゃぶじゃぶ池公園、写っていないが左後方は希望丘公園。正面左奥の広い道路に沿って水無川がこちらへ流れ込んでこの付近で右から流れてきた烏山川と合流していた。(見たわけじゃないけど)
以前、烏山川を歩いたときはここを右に行ったが、今度は正面へ。全然川の雰囲気も何も残っていない方向へ進む。

環八の千歳台交差点まで行って振り返る

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すでにどこが合流点だったか判別不可能。
環八通りを越えると芦花恒春園の公園があり、その南側道路が流路ということでそこを進む。

芦花恒春園花の丘は閉鎖中

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何この花盛りの季節に”花の丘”を閉鎖してるんだと思ったが、2016年の秋に土壌調査をしたら環境基準を超える鉛とその化合物が検出されたとのこと。「当面閉鎖」と書かれてあったが、ほったらかし状態にも見える。都の公園だから対応が遅いのだろう。
芦花恒春園の閉鎖されていない場所へ入ってみたものの川の痕跡といったものは見つけられず、そのまま抜けて道を進むとそれらしき歩道が現れた。

世田谷区粕谷3丁目付近

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世田谷自動車学校の先、交差点を越えたところからはじまる遊歩道。
いったん歩道となると、そこからは整備された道が源流近くの三鷹市内まで延々と続いていた。

粕谷区民センター横の水無川緑道

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そして「水無川のお話し」

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住宅地内の一般道をいくつも交差しながら先へ進む。

世田谷区南烏山5丁目付近の歩道

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前方は京王線千歳烏山駅のホーム。川筋はホームに突き当り、その向こう側で再びつながっていく。歩道はいったん切れるので踏切を渡り、駅の反対、北口側へ出る。
駅北口は川筋が自転車置き場となっていた。

途中が曲がっている区立烏山北自転車駐車場

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自転車置き場の反対側へは、古くに整備されたと思われる歩道が甲州街道国道20号)との交差点までつながっている。

整備後時間が経っている感じの歩道

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甲州街道に突き当たると「給田 Kyuden」と書かれた歩道橋を渡る。歩道橋の西側少し離れて給田交差点がある。かつての給田村。

給田歩道橋の上から甲州街道上流側の歩道

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北烏山と給田の境界となっている川筋を遡ると今度は中央自動車道にぶつかる。

中央自動車道付近の歩道

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ちょうどこの付近が世田谷区と三鷹市の境界となる。三鷹市内で水無川は中川と名前が変わり、歩道の名称も中川遊歩道となる。中川遊歩道は幅はせまいけれどよく整備されている。

中川遊歩道の様子

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三鷹市北野1丁目、一般道との交差地点。

遊歩道、北野2丁目

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街路灯がなんとなくいい感じ。ただこの道は歩く人も自転車も少ない。あまり利用されていないのだろうか。手入れは行き届いていて不快なところはないのだが。

東八道路に突き当たる

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ここから東(写真右方向)へ1キロほど行った先に烏山川の源流、高源院の鴨池がある。こちらは正面へ進み、もう少し、緑道とは呼べないものの、細い歩道を行く。

三鷹市牟礼2丁目付近

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この先100mちょっとで三鷹牟礼二郵便局の脇に出るが、歩道はそこまでで終わる。

牟礼2丁目交差点から、歩道の終点

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正面前方、歩行者専用の標識のある電柱の脇から出てきた。ここからの川筋はまったくわからなかったが、おそらく源流がこの近くということだろうと思う。

近くにあった「牟礼の里公園」へ向かってみた

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こちらは全体に少し高台になっていて、方向的に水が流れる向きではなさそう。久々に見られた桜はきれいなのだけど。そういえば、水無川に桜はあまりなかった。緑道の幅からしても大きくなる木を植えるスペースはなさそう。
その近くのマンションの中に緑地がつくられていた。

牟礼3丁目9番緑地

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流れがあったとすればこちらのほうが可能性は高い。けれど昔はどうだったかはまったくわからないので諦めることに。
後から考えると水無川玉川上水の牟礼分水の供給を受けていたということなので、分水の流れを追えばもう少し情報を得られただろう。蛇崩川に続いてすっかり川の源流さがしになってしまった。
この日はせっせと歩いて疲れたので近くのバス停を探したけれど、バスがなかなか来ないようなので京王井の頭線三鷹台まで歩く。

三鷹台駅

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駅前の踏切は神田川を歩いたときに、ここだけ川沿いの歩道が途切れるので渡って迂回したことを思い出した。

蛇崩川緑道で花見散歩

2017年の花見散歩、第2弾は蛇崩川(じゃくずれがわ)緑道。東京じゃ花見の名所として有名な目黒川の、その支流のひとつがこの川。目黒川のお花見スポットとして人がもっとも集まりやすい場所のひとつ、中目黒駅近くで目黒川から西の方へ分かれて行き、世田谷の下馬、上馬などを経て弦巻あたりに源流がある小河川。いまは残念ながらすべての区間が暗渠となって、川の上には蓋がされて流れを見ることはまったくできない。その代わり、流れの上は緑道として整備され、とても良い散歩コース。目黒川のように人混みに紛れて花見をする必要がないのは、個人的にはとてもうれしい。(人混み嫌い)

蛇崩川行程(ワインカラーのライン)今回は蛇崩川、北沢川、水無川の行程が同じ地図になっている。

以前、目黒川とその上流の支流、烏山川を訪ねたときに、目黒川の支流である北沢川、蛇崩川、水無川などが暗渠ではあるけれど、その上が緑道として整備されていることを知った。きっと桜の木も植わっているに違いないと目星をつけて、花咲くこの瞬間を逃すまいと(大げさ)歩いてきたのが今回の散歩である。蛇崩川は歩いた距離が全部で7kmくらいなのでコンパクトにまとめるつもり。

アプローチは東急東横線中目黒駅

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駅から出て目黒通りを渡るとすぐに目黒川。

中目黒駅下の桜

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目黒川、蛇崩川合流地点

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左側から流れ込んでいるのが蛇崩川。

次に左側の広場から撮ると

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合流点は駅のすぐ近く。蛇崩川は合流点のすぐ上流で暗渠となってしまい、ちょうど中目黒駅ホームの下を通りぬける。また駅側へ戻り、目黒通りを再び渡って駅西口へ。

西口から出てきたところ

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この高架に沿って下を暗渠で川が流れているはず。
線路に沿って下り方向へしばらく進むと川筋が現れて、その上が歩道となる。すると早速満開の桜がお出迎え。

川の上が歩道になるとすぐに桜並木

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目黒区上目黒2丁目付近。

少し先で振り返って

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その先で歩行者専用の蛇崩川緑道がはじまる。

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緑道のすべての区間が桜並木というわけではないけれど、さすがにこのシーズンは見ごたえ十分。

世田谷区に入って(世田谷区下馬1丁目付近)

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世田谷区と目黒区の境界近くの道路に「蛇崩」という交差点があり、昔はそのあたりの字名だったようだ。

もう少し行くと、駒繋(こまつなぎ)神社の赤い橋が見えてくる。

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駒繋神社の鳥居

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鳥居前の赤い橋

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暗渠になる前は川にかかる普通の橋だったはず。
駒繋神社からしばらく行くと、国道246号と上を首都高速3号線が通る騒々しい場所へ出る。緑道上に国道を渡れる場所がなく、世田谷警察署前交差点へ回る。

国道と首都高を越えたところで振り返って

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その先で緑道は左にカーブする。少し先で今度は環七通りを渡る。

環七通りの前で振り返って

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向こうの高い建物は三軒茶屋キャロットタワー

世田谷区上馬4丁目付近

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お年寄りが写真撮影中も、なかなかシャッター切れずにみんな遠慮して立ち止まっているの図。

そこを無事なんとか通過した先で

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この緑道は、もともとの川幅がせまいのか、幅がせまい。このあたり特に、自転車同士だとそのままではすれ違えそうもないくらいだ。
なんて思っていると突然広い通りに出る。

弦巻通りに出る

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歩道と自転車道が分離された広い通りに出た。車道側には路線バスも通る。こちら側の広い歩道の下が蛇崩川の流れなのだろう。ここの交差点名も「向天神橋」と橋があったことを示唆している。
弦巻通りの直線道路をしばらく行くと突然右側にまた小さな緑道が折れていく。

通りから折れ曲がる歩道

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そこの先には、歩道に沿って水道管のオブジェがたくさん。

車止めとしての効果は十分ありそう

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小さな水の流れもつくられている

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その先は世田谷区立教育センター。

脇に遊歩道が通り、ここにも人工的な水の流れが

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教育センターの向こうは東急バス弦巻営業所になる。

バス営業所に突き当たる

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向こうの白い柵を越えてその向こう側へ川筋があったようにみえる。

教育センターの入口にあった蛇崩川の解説

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バス営業所の向こう側へ回り込むと、川筋と思われたところの延長上に予想通り、歩道があった。

バス営業所側を振り返って

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その歩道が一般道と交差するところに小さな公園がある。そこである人に呼び止められる。

長いこと経って固まってしまったと思われる昔の旅人(嘘)

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ここには昔の大山道が通っていた場所で、ここで蛇崩川の歩道と交差していたのがその道らしい。(写真に写っている道路ではなく、後ろ側を左右に通っている。)
蛇崩川の流路跡もここを境に上流側は痕跡がなくなってしまう。ただ源流はここよりもう少し先にある馬事公苑付近と言われていたので、そこまで行ってみる。
馬事公苑方向へ進むと弦巻公園付近で、この場所が窪地の底のような地形であることが分かる。

弦巻公園の先で

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わずかではあるが、周囲がみんな上り坂になっていて低い場所を来たことがわかる。その坂をあがると

弦巻5丁目交差点

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左側は馬事公苑である。坂の下あたりが水の流れはじめだったのではないかと想像されるが、現在はどうなっているのかはまったくわからない。
蛇崩川、花見から源流探しみたいになってしまったけれど、とりあえずここでおしまい。
この後、散歩は北沢川緑道へと場所を変えて、また歩いて行く。

続きはこちらからも

miwa3k.hatenablog.jp

 

二ヶ領用水で花見散歩

二ヶ領用水を、見ごろになった桜の花の下、歩いてきた。用水のほとりを歩きつつ、今回は花を見に行くのが目的と言っていいでしょう。思っていたよりも多くの場所で花を見ることができて、たくさん写真を撮ったので、すこしだけおすそ分け。花に比べると地味だけれど、用水も一応観察してきたのでそちらも。

二ヶ領用水行程

二ヶ領用水といっても、地元の人にしか知られていないのではないかと思うので説明。Wikipediaだけど。

概要
二ヶ領用水(にかりょうようすい)は、多摩川などを水源とし、神奈川県川崎市多摩区(上河原堰・宿河原堰)から川崎市幸区までを流れる、全長約32km(宿河原の支流を含む)の神奈川県下で最も古い人工用水路である。1597(慶長2)年に測量が始まり、14年の歳月をかけて1611(慶長16)年完成。二ヶ領用水の名は、江戸時代の川崎領と稲毛領にまたがって流れていたことに由来する。農業用水として多摩川から水を引いて造られ、かつては近隣の農業を支えた二ヶ領用水だが、時が流れて現在の沿川は宅地化が進んでおり、工業用水などに用いられるとともに、近隣住民の憩いの場としても親しまれている。

地理・分水
神奈川県川崎市多摩区布田にある上河原堰で多摩川から取水し、すぐに旧三沢川および大丸用水の一部が合流して流下、さらに登戸で山下川を、東生田で五反田川を合わせ、川崎市高津区久地で新平瀬川に合流する。このうち旧三沢川合流から新平瀬川に合流するまでの区間は「二ヶ領本川(新川)」とも呼ばれ、河川法による多摩川水系平瀬川支流の一級河川として管理されている(河川延長5.9km、流域面積4.6km2の区間)。
また、川崎市多摩区宿河原にある宿河原堰でも取水し、宿河原町内を流れて久地に至る流路も設けられており、こちらは宿河原用水(しゅくがわらようすい)とも呼ばれている。この区間および上河原堰 - 旧三沢川合流の間は、河川法による準用河川として管理されている。
上河原堰の分水の一つである五ヶ村堀は、五反田川との合流点からすぐ上流で分流し、一部が五ヶ村堀緑地になっているほか、宿河原用水と立体交差して川崎緑化センター内を通り、多摩川の水門に続いている。
高津区久地で合流した 2つの流れは、久地円筒分水に流入するとともに、一部が新平瀬川経由で多摩川に戻される。
久地から先は、各々西から根方堀、川崎堀、六ヶ村堀、久地・二子堀と呼ばれる4方向に分岐するため、久地円筒分水により各堀の灌漑面積に応じた一定の比率(7.415 : 38.471 : 2.702 : 1.675)で正確に分水される。(Wikipediaより)

このノートでの歩き方は、まず宿河原堰から宿河原用水を久地まで歩く。その後上河原堰へワープして二ヶ領本川を下り、久地の合流点へ。そして久地からそのまま二ヶ領本川を久地円筒分水まで下って、さらに川崎堀に沿って歩いて行く。

 

◆1.宿河原堰から宿河原用水を久地へ

アプローチはJR南武線小田急線の交差する登戸駅

JR登戸駅多摩川口から

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まず宿河原堰のある多摩川の堤防へ。

多摩川堤防から

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宿河原堰

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例によって解説はこちら

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宿河原堰取水口から二ヶ領用水への引き込み口土手から

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多摩川の堤防をぬけた、宿河原用水の一番はじまり

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新船島橋から

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南武線線路

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 線路の下を歩道でくぐれるが、高さは1.5mくらいしかなく、頭をかがめて通る。そのときに電車が通過しようものなら…

宿河原駅近く

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仲乃橋付近

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川崎市緑化センター近くにある掛樋

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掛樋は手前の石橋、用水の立体交差。横切っているのは、現在の向ヶ丘遊園駅の南、五反田川合流点付近で二ヶ領用水本川から分水された五ヶ村堀の水。

稲荷橋のうえから

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ちょっと変わった形の神社(?)と

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この先は東名高速の高架下をくぐり、久地駅の近くで二ヶ領用水本川と合流する。

宿河原用水と二ヶ領用水本川合流点近く

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橋の先で右方向から流れてくる二ヶ領用水本川と合流している。(わかりにくいな)

 

◆2.上河原堰から二ヶ領本川を下る

二ヶ領用水の水は多摩川の2ヶ所で取水されてそれぞれ独立した用水の流れとなり、久地で合流する。ここでいったん二ヶ領本川へまわる。(こちらは歩いた日が異なり、桜の木も少なかった。地味な風景になってしまってちと残念。)
二ヶ領本川は川崎市多摩区布田の多摩川上河原堰で取水されているので、そこへ。アプローチは稲田堤駅からとした。

上河原堰

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堰の上部にある用水の取入口

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多摩川堤防を越えたところ

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その先で三沢川と交差するところがある。

三沢川と交差している場所

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下は三沢川、大きな管が橋の脇を通っているので、ここに用水が通っているのかと思ったが、違うようだ。二ヶ領用水の水は三沢川の下を、サイフォンの原理を使った伏越で横断している。水が勢いよく流れ出ているのは用水側の余り水か。

二ヶ領用水が三沢川を横断する直前の地点

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先にみえる堰のようなところで水が導管に落とし込まれて三沢川の下をくぐり、向こう側で、水を落とした圧力で逆に噴きあがってくる。

川をくぐって水が出てきたところ

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下流方向

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二ヶ領本川は三沢川との交差地点から下流側、津久井道(世田谷通りの神奈川県に入ってからの通称、神奈川県道3号世田谷町田線)の新川橋手前まで河川敷に歩道が整備されている。ここを歩いたのは宿河原用水よりも前で、まだ桜は準備中、天気もどよーんと曇りで地味になってしまったのが残念。

JR南武線との交差地点

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手前の水の中にたくさんあたまを出しているのは「草堰」というもの。草堰は流れに杭を打って、石、土、草などで堰を築く工法という説明があった。

用水にかかる木製の歩道橋(川崎市多摩区生田2丁目付近)

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台和橋

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橋の向こう側で山下川が流れ込んでいる。二ヶ領用水は多摩川の水を引くため人工的に開削された用水路だが、いま歩いている二ヶ領本川は、いくつか自然の川と合流させている。山下川もそのひとつ。
その先で津久井道(世田谷町田線)の道路、小田急線の線路を越える。津久井道を越えると二ヶ領本川は三面がコンクリートのごく普通の都市河川になってしまう。

五反田川との合流点

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現在はコンクリートだらけになってしまっているが、ここでも自然の川の水が流れ込んでいる。すぐ近くに五ヶ村堀の分水口があるはずだが、確認していない。
この先久地で宿河原用水と合流するところまでは、川としても花としても見どころははっきり言ってない。

向ヶ丘遊園の大階段跡

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小田急線の駅の名前にも残っているように、ここにはかつて、2002年まで遊園地があった。そこの入口だったところが変わり果てた姿になって残っていた。

跡地の一角には藤子・F・不二雄ミュージアム

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ミュージアムから川を挟んだこちら側にもドラえもんのモニュメント。向ヶ丘遊園の街なかから、あちこちに藤子不二雄氏によって創り出されたアニメキャラクターの像などが置かれていた。ミュージアムは行列ができて盛況の模様。
その先は、川(二ヶ領用水本川)脇を並行する県道の歩道をずっと歩いて宿河原用水との合流点に至る。

二ヶ領本川と宿河原用水の合流点

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右側から流れ込むのが宿河原用水。

 

◆3.久地円筒分水へ

2つの用水の合流点はJR南武線久地駅近く。そこから久地円筒分水へ二ヶ領本川を下る。

途中で(川崎市高津区久地3丁目付近)

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二ヶ領用水と平瀬川の合流

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左から平瀬川、右は二ヶ領用水の余水。二ヶ領用水は合流の手前で必要な水量だけを円筒分水に導水し、余剰水は平瀬川に放流される。

平瀬川のトンネル出口

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平瀬川はかつて溝の口市街地などを流れていたが、水害対策でトンネルが掘られて流路がこちらに変更されている。左側が最初(1941年)に掘られ、右側は1970年の改修で追加されたものとのこと。
二ヶ領用水の水は平瀬川の地下を伏越しで通り、円筒分水へ湧きあげられる。

久地円筒分水

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用水はサイフォンの原理でここへあふれ出し、4つの堀に分水されている。

解説は例によってこちら

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分水の様子

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比率は根方堀7.415 : 川崎堀38.471 : 六ヶ村堀2.702 : 久地・二子堀1.675。ということなので、手前下側が根方堀、その向こうのちょっとだけ分けられているのが久地・二子堀、その右側が六ヶ村堀、残り(ほとんどなんだけど)が川崎堀となる。

こちらはすべて川崎堀へ落ちていく水

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円筒分水ができる前にあった久地分量樋の解説

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◆4.川崎堀を下る

川崎堀以外の水路は現在すべて暗渠となっているようで、唯一流れの追える、川崎堀をこの先下っていく。

川崎堀の流れはじめ

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流れの規模はだいぶ小さくなっている。二ヶ領本川を流れる水はほとんど平瀬川経由で多摩川に戻されてしまうようだ。
川崎堀はすぐに桜の並木の間を流れるようになる。

いきなりアップでソメイヨシノ

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国道246号をまたぐ歩道橋の途中から振り返って

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歩道橋の先で

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花の種類が変わった。このあたりから溝の口の市街地だが、こちらはソメイヨシノでなく彼岸桜(?)や枝垂れ桜がおもに植えられている。それはそれでとてもきれい。

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大石橋のたもと

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横切っている道は旧大山街道矢倉沢往還)、この付近は街道の溝口宿。

東急田園都市線を越えたところで振り返って

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二子新生橋の先で

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ここで少し寄り道して二子坂戸緑道へまわる。

二子坂戸緑道

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ここは平瀬川(久地円筒分水のところでトンネルから出てきていた川)の旧流路だったところ。曲がりくねった流れが埋め立てられ、その一部が緑道になっている。かつては平瀬川の水もこの付近で川崎堀の流れに合流していたとのこと。

合流した川崎堀に戻る

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しばらく行くと桜並木は途切れる

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向こうは第三京浜の高架。

その先の小公園で

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また桜に迎えられる。花がなければなんということのない場所なのだが。
このへん、桜のほかに濃紅や純白、ピンクのぼかしが入った花桃などの木も植えられていてアクセントになっている。

ここは立派な紅色

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中原区小杉御殿町付近

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中原街道を越えて武蔵小杉の街に近づくと、またソメイヨシノの並木に。この付近はなかなか見ごたえがあった。

先ほどの写真近く

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渋川分流点で

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川崎堀の水が分流され、向こう側に渋川として流れていくところ。

桜なければただの自転車置き場

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渋川を分けて、水が細くなった川崎堀

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どアップ

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カメラを向けたら不意に花から寄ってきた。(風が若干強かっただけです)

東急東横線と武蔵小杉のタワーマンション

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中原平和公園

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東海道新幹線高架近くで

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その先で貨物線などの下を堀はくぐりぬける。

横須賀線線路脇で水路が顔を出すとその脇にも桜

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その先も並木

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このあたりまで桜の並木があるとは知らなかった。

幸区鹿島田3丁目付近

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さすがに桜並木もこのあたりまで。この先は下の堀が暗渠となってしまい、水の流れも見えなくなってしまう。

堀と桜はこれが最後

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後ろは府中街道(国道409号)、堀に沿った道もこの先なくなる。

府中街道南武線踏切近くにあった解説

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その先は名前はわからないが堀のうえが歩道になっている

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鹿島田商店街近くの路地で

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これは堀のひとつなのだろうか?

鹿島田商店街の先で

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人工的に造られたせせらぎ。少し先で消えてしまう。その先はまったく流れの跡は掴めそうもない。
目的はなくなったが、川崎駅まで歩いてしまった。

ラゾーナ川崎

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ここまで。
もう少し手短にまとめるつもりだったのに…つい長くなってしまった。