埼玉-さいたま市緑区
見沼代用水西縁をさかのぼって歩いています。現在位置は見沼氷川公園、武蔵国一宮のひとつ氷川女體神社の下におります。 【再掲】西縁にかかる氷川女体橋から境内方向 見沼代用水東縁、西縁の間を流れる芝川は(これから歩く向きで見ると)見沼氷川公園の付…
見沼代用水、東縁に続いて西縁を歩いた記録です。 東縁のとき同様、末端側からさかのぼって歩いています。東縁は末端が東京足立区内に達していましたが、西縁は埼玉県川口市小谷場、元西福寺前分水口までです。ただし西縁末端が『分水口』とあるように、その…
見沼代用水東縁、八丁堤に隣接した見沼通船堀から上流へ向かって続きを歩きます。 東縁・通船堀分岐点から【再掲】 今回は水路を先へ向かいます。 しばらく見沼(見沼たんぼ、見沼溜井)のあった範囲、その縁に沿って歩きます。 見沼地図も再掲しておきます …
前回の続き、見沼代用水東縁水路八丁堤から上流へ進む前に、今回は見沼通船堀へ寄り道します。 【再掲】東縁水路にかかる山口橋 橋を渡る赤山街道(県道103号)は見沼溜井を造る際に築かれた『八丁堤』の上を通っています。橋の向こうからは江戸時代初期に造…
綾瀬川遡上の記録、その3は草加松原のやや上流側、草加・越谷の境界付近からスタートです。 前回再掲・河原の桜並木(草加市金明町) 前回最後に撮った1枚。桜並木がはじまってすぐの場所で引き返してしまいました。 次に訪れたこの日、やはり花はほぼ終わ…
前回の続き、八丁堤、見沼通船堀から先へ進みます。この先は『見沼田んぼ』と呼ばれる地域に入ります。 芝川などの流れが長い時間をかけて大宮台地を削った跡が『見沼』という沼沢地、湿地となり、江戸時代初期に開発されて農業用貯水池、『見沼溜井』とされ…
このところの川あるき、江戸川、荒川をはじめ、江戸時代からの巨大土木事業であった利根川東遷、荒川西遷事業に関連する河川に沿って歩いています。 (大落)古利根川、葛西用水、元荒川、中川と辿り終えて次を考えました。 本家の利根川と荒川(現在途中ま…