2017-01-01から1年間の記事一覧
八菅山(はすげさん)、鳶尾山(とびおさん)は神奈川県厚木市から愛川町にかけて、丹沢山地の東端に続く丘陵地帯にある低い山で、標高はそれぞれ225m、234m。どちらの山も現在は手軽なハイキングコースになっているようだ。冬になって山の木の葉も落ち、関東平…
隅田川を岩淵水門まで歩いた同じ日に、その先につながる新河岸川を歩いた。 新河岸川は埼玉県川越市内を起点として南東方向に流れ下り、かつては新倉(現在の埼玉県和光市新倉)付近で荒川に合流していた。大正から昭和初期の荒川の大改修事業のとき、新河岸川…
鎌倉街道下道の、今回は枝道を歩く。 「下道その4」では、隅田川を橋場の渡し(実際は白鬚橋)で渡り、墨田区墨田から堀切、青戸、金町を経て松戸へ歩いた。この道はさらに常陸、磐城方面へつながっている。 橋場の渡しを東側に渡った隅田宿付近からは1本分…
鎌倉街道下道といわれる街道は鎌倉から松戸まで歩いた。鎌倉街道はいくつもの道筋が網の目のように絡み合っていたとされているが、歩くにあたって参考にさせていただいた資料*1は、その中で上道、中道、下道の3つの主要道に絞って、それぞれ1本ずつの道筋を…
鎌倉街道下道(しもつみち)を歩く、4回目の行程は現在の東京都千代田区大手町から千葉県松戸市松戸まで。主な通過点は 芝崎(大手町)ー浅草橋ー浅草ー橋場ー墨田ー堀切ー青戸ー金町ー松戸 足あと(鎌倉街道下道4) 前回、下道その3 miwa3k.hatenablog.jp ア…
前回その4では川の右岸、荒川区側を歩き荒川8丁目まで来て離脱、町屋駅に出た。日を改めて出直し、京成線町屋駅のひとつ先の千住大橋駅で下車。隅田川的な位置で見ると少し下流に戻り、今度は左岸側になる足立区千住橋戸町から、また川をさかのぼって歩き始…
前回は浅草の対岸、東武線の鉄橋をくぐった先で、墨田区側の隅田公園(浅草側の台東区にも隅田公園がある)まで来ていた。 前回分 続きをさかのぼる。 言問橋(ことといばし)、隅田公園の横から 近くに寄って ゲルバー橋と呼ばれるタイプで地味にうつるのだが…
前回の続き。はじまりは江東区新大橋1丁目の隅田川テラスから。そこから上流側を見る 右岸側の首都高は両国ジャンクションにさしかかるあたり、その先で川を渡って6号向島線、7号小松川線に分かれている、そこに架かる両国大橋(りょうごくおおはし)が前方に…
冬のしわすの隅田川、中央大橋を渡って右岸の霊岸島(中央区新川)までやってきた。引き続き、さかのぼって歩く。 その1・河口から 中央大橋から上流に向かって少し歩くと隅田川の分流が見える。下流方向を向いて、正面奥に川が分かれていく 最初の写真がもろ…
誰でも知っている級のメジャーな川を歩いたのは久しぶり、冬のしわすの隅田川。河口から少しずつさかのぼっていきます。いつもよりゆっくりと。 まずは河口へのアプローチ。大江戸線勝どき駅から 最初に湧いた疑問は、隅田川の河口ってどこなんだろうという…
いつものノートは歩いたコースを辿る形式で記録をしているのだけれど、今回は渋沢丘陵でポイント的にかいつまんで2つ。 渋沢丘陵の場所は、広義には大磯丘陵と呼ばれている、神奈川県西部、南に相模湾、西に足柄平野と箱根、北は丹沢山地、東は相模川で囲ま…
鎌倉街道下道、3回目の行程は現在の川崎市中原区新丸子から東京都千代田区大手町まで。江戸時代以前の大手町付近は「芝崎」と呼ばれていたようだが、現代使われている「大手町」で。 大まかな途中経路 丸子ー洗足ー大井ー高縄(高輪)ー三田ー愛宕ー芝崎(大手…
鎌倉街道下道(しもつみち)を歩く2回目の行程は、現在の横浜市南区蒔田付近から川崎市中原区新丸子付近まで。おもな途中経路は以下のとおり。 蒔田→帷子(保土ヶ谷)→片倉→篠原→菊名→駒林→中原→小杉→丸子 鎌倉街道下道2・行程 前回離脱点の蒔田、現在の表記で…
人や車の多い街中に圧迫を感じて、ちょっとした気分転換に西湘の丘陵を歩いたというノート。 「西湘(せいしょう)」は、湘南の西の方程度の意味。「西湘バイパス」という名前の道路が小田原と大磯の間を結んでいるが、今回はまさにその範囲を歩いた。 山の斜…
京急逗子線の神武寺駅に下り、逗子の池子から桜山、葉山に入って長柄、堀内、一色、下山川をさかのぼる形で下山口、上山口、木古庭、横須賀へ入って山中、長浦、そしてまた京急線の安針塚まで。そぞろに歩いた揮発性の記憶を固定化しておきます。 行程 スタ…
鎌倉街道は上道(かみつみち、かみのみち)を鎌倉から嵐山(らんざん)、中道(なかつみち、なかのみち)を鎌倉から川口と歩いてきた。これから下道(しもつみち、しものみち)を新たに歩くことにする。 下道は3つのルートの中で一番東側を通る。参考にさせてもらっ…
平瀬川は川崎市宮前区水沢付近に本川の源があり、麻生区東百合丘付近に源がある平瀬川支川(しせん)と宮前区初山付近で合流し、ずっと川崎市内を流れ、高津区久地で多摩川の右岸に合流する。長さは本川が7.5km、支川分を加えても11.3kmほどである。現在は多摩…
冒頭から、軽便鉄道二宮駅跡にあった解説を一部引用。 馬車鉄道・軽便鉄道・湘南軌道の沿革 通称「けいべん」は、明治39(1906)年に湘南馬車鉄道株式会社が吾妻村(現在二宮町二宮)~井ノ口村(現在中井町井ノ口)~秦野町(現在秦野市本町三丁目)間の道路9…
湘南海岸を、江ノ島に向かう橋の西側、片瀬漁港のところから、片瀬西浜、鵠沼、辻堂、茅ヶ崎、柳島、湘南大橋、平塚高浜台、虹ヶ浜、大磯海岸と歩いた。湘南海岸を歩くのは初めてではないが、ここにはまだ何も書いていなかったので、今回の機会に少し記録し…
ダブルヘッダー2試合目、三沢川を歩いた同じ日に乞田川(こったがわ)にも寄った。乞田川はそんなに長い川じゃない。うぃきぺから抜粋するなら 乞田川は東京都多摩市を流れる多摩川水系の一級河川。多摩市鶴牧付近に源を発する。800メートルほど北流したのち暗…
49番目の川歩きノートは多摩川支流の大栗川(おおぐりがわ)。「おおくりがわ」という呼び方もあるようだけど、河川標識などは濁る「ぐり」を使っていたので、ここでは「おおぐりがわ」を採用。 大栗川は八王子市鑓水、御殿峠付近に源を発し、柚木街道、野猿街…
48番目の川歩きノートは多摩川支流の三沢川(みさわがわ)。 三沢川の源流は川崎市麻生区黒川と東京都町田市小野路町の境界付近にあって、川崎市麻生区、東京都稲城市、川崎市多摩区を経て川崎市多摩区布田で多摩川の二ヶ領用水上河原堰の下流に合流する、流路…
秋の海岸とその近所を歩いてぽちぽち記録してきました。10月だというのに夏が最後の力を振り絞って暑くした最後の日、この日で今年の夏は終わりました。(合掌 今回はこんなところ、行程 スタートは京急線浦賀駅 駅前の道路分岐を左へ行けば浦賀湾の東側を通…
神奈川県愛川町半原から横須賀市逸見(へみ)まで、およそ53kmにわたって伸びていた送水路、横須賀水道半原系統の水道みち。 最初は愛川町半原から海老名 2回目は海老名から藤沢 と歩いてきた。 3回目は藤沢から水道みちの終点になる横須賀市逸見浄水場までた…
前回愛川町半原の水源地から海老名駅近くの小田急線高架下まで来ていたのでそこから続きを歩く。 前回その1へのリンク 今回、横須賀水道みち その2行程 アプローチは海老名駅 本日のスタート地点付近 簡素な歩道、すぐ向こうは病院の敷地で行き止まり。通…
2015(平成27)年に正式に廃止になっているが、およそ100年前に当時の帝国海軍によって建設され、横須賀市に上水道の水を供給した横須賀水道半原系統という送水路があった。この水路は神奈川県愛川町半原の水源地からおよそ53kmの距離を経て横須賀市逸見(へみ)…
鎌倉街道上道は埼玉県狭山市まで歩いて、ここでいったん句読点と言ったのはつい先月のことだったが、その先を歩く機会ができたので足を伸ばしてみた。 前回上道を狭山まで歩いたときのノート 今回の行程(その6) スタートは西武新宿線狭山市駅 前回は駅東口…
箱根から沼津まで歩いた日の後半のノート。 同日前半のノートはこちら。 その6行程(箱根-沼津) 箱根の山を下って大場川(だいばがわ)を渡ると三島宿にはいる。川はかつて「かん川」(神川)と呼ばれていた。大場川にかかる新町橋、東詰 同西詰 この橋を渡っ…
昨年(2016年)12月以来、旧東海道を久しぶりに歩いた。日本橋から箱根まですでに歩いたので、その続きとして今回は箱根から三島を経て沼津まで歩いた。6-1はそのまた前半として、箱根関所から山を下って三島宿にはいるまでのノート。 旧東海道その6行程 箱根…
都内でA,B2つに分かれている鎌倉街道中道のAルート、二子玉川から池袋まで歩いてきたのでその続きを歩く。 Aルート前回のノート 中道その6行程・足あとは紫色のほう(その3と続けて表示) 今回歩いた主な経由地 池袋→滝野川→十条→赤羽→岩淵→川口 その5の…