02. 水のみちをあるく
その1で千代崎川本流をたどりました。今回はその上流にある3つの支流です。 前回も書いてますが、3支流と(水源)は猿田川(南区山谷)、簑沢川(中区寺久保)、江吾田川(中区根岸台根岸森林公園)で、それらが中区山元町付近で合流して千代崎川になりま…
横浜・千代崎川(ちよざきがわ)の暗渠歩きをしました。 千代崎川は横浜山手台地の湧水が源流となって本牧の北で河口に達する、距離的には4~5km程度の小さな川です。南区山谷(猿田川)、中区寺久保(簑沢川)、中区根岸台根岸森林公園(江吾田川)におもな3…
今回の野火止用水は前回の暗渠歩きと同じ日ですが、場所と雰囲気を少し変えて本流の流末に位置する引又(ひきまた)宿と周辺を巡ります。 引又は志木の昔の呼び名で、新河岸川の舟運や引又街道(志木街道、かつての奥州街道の一部とも)の宿場、商業物流の拠点…
今回は野火止用水の暗渠歩きです。 野火止(のびどめ)用水は江戸時代前期明暦元年(1655)に玉川上水の分水として開削され、現在の東京都小平市から埼玉県新座市野火止を通り、志木市内で新河岸川に落とされる長さ24㎞の用水路で、かつては飲料水や田畑灌漑用水…
過去に歩いた川のふり返り5回目になりました。今回は多摩川がつくった川と言ってもよいでしょう、野川とその支流、水路を少し。 野川は国分寺市内の湧水群などを源に世田谷・二子玉川で多摩川に合流する川です。 大昔、多摩川の流路が現在と近い武蔵野台地…
川をよく歩きますが、人工的に開削された水路も歩きます。水路歩きのカテゴリーが『水のみちをあるく』です。東京の代表的な水のみち、玉川上水は川、水路歩き最初の頃に歩きました。 江戸時代前期1653(承応2)年に開かれた玉川上水は現在の羽村市、多摩川に…
水郷田名(すいごうたな)は相模原市中央区の西部に位置し、相模川左岸に接しています。「水郷田名」という地名になったのは西暦2000年を過ぎてからで、古くは田名村久所(ぐぞ)、相模原町(市)に合併されてからも長らく久所(地区)と呼ばれていたようです。…
この暗渠、2年前(2018年1月)にたどって歩いたことがありますが、最近、新宿区内の様子が変化したようです。ちょっと見てきました。 通称、神田川笹塚支流と呼ばれる、昭和30年代に暗渠となった川があります。(川の名称はWikipediaの項目になっているもの…
江戸時代中期に整備され、(現水元公園)小合溜井から引かれた上下之割用水、そこから分水された小岩用水、中井堀、東井堀、西井堀の主要水路跡を歩きました。その用水路流末部には昭和に入って、江戸川から導水された用水路が開かれ、一部は接続されました…
現葛飾区水元公園の小合溜井を水源とし、江戸時代に整備された灌漑、農業用水路をいくつか歩きました。今回は小岩用水です。 小岩用水は上下之割用水を大堰枠(おおぜきわく:葛飾区金町4丁目付近、現在は道路になり大堰枠交差点)で分水し、新宿(にいじゅく…
現在の水元公園、小合溜井から引かれた上下之割用水、そこから分水された中井堀、東井堀とたどってきましたが、次は西井堀です。こちらの用水路も江戸時代中期に開削されたものです。 上下之割用水から分岐する水路跡地図、西井堀は西側の紫色 現在の地名を…
前回、中井堀・上下之割用水を取り上げました。その続き、関連になります。 江戸時代に開かれた農業用水路、現、葛飾・水元公園内の小合溜井から伸びていた上下之割用水(かみしものわりようすい)の水路はいくつかに分かれていましたが、今回はそのうちのひと…
葛飾区から江戸川区へ延びていた用水路跡を歩きました。 葛飾、江戸川の一帯には多くの河川があり、水路もかつては縦横に張り巡らされて、その痕跡は現在もそこらじゅうで見ることができますが、その中から代表的な水路跡をたどってみました。上下之割用水(…
葛西用水と花畑川(花畑運河)が交差する地点、桜木橋までさかのぼってきました。(2)は、続きを歩き、越谷の瓦曽根溜井(かわらぞねためい)まで行きます。 曳舟川跡、葛西用水、足あと地図今回(2)は青ラインの中間付近、黄色のマークから北へ 花畑川、桜木橋…
葛西用水路、その下流が曳舟川。きちんとした説明を試みるととてもややこしいですが、ほんの一部かいつまんで。 葛西用水(かさいようすい)は埼玉県羽生市の利根川で取水され*1、埼玉県東部から東京東部へと流れ下る灌漑用水路です。現在の墨田、葛飾区内で…
杉並区北部の上井草、下井草あたりを流れていて、いまはすべて暗渠になっている井草川。本流に流れ込む小さな支流まで、流れの痕跡があちこちに残っており、それらをたどる暗渠の迷路歩きをしてきました。(歩いたのは2018年10月ですが、まとめるまで時間が…
まず、「渋谷町」とはかつての東京府豊多摩郡渋谷町で、現在の東京都渋谷区、渋谷駅周辺にあたります。以下、途中の岡本公園にあった解説板から渋谷町水道部分の抜粋です。 人口増加に伴って水不足が深刻になった渋谷町は1921(大正10)年、多摩川の水を引き込…
今回その7では、新田川の流れをおもに引き継ぐ二ヶ村用水、湧水を源とする自然河川に三ヶ村用水、二ヶ村用水の末流が加わり、多摩川に合流する根堀川を取り上げます。今回でいったん府中用水はひと区切りです。 いつものように地図には写真を撮った位置をマ…
今回その6は、かつて本流の一部だった妙光院下水系、もうひとつ三ヶ村用水を取り上げました。 地図には写真を撮った位置をマークしています。マップ中のマークアイコンをクリックすると出てくる番号がノート内の写真番号になります。府中用水その6 ◆妙光院…
今回は府中用水本流(市川)から分岐する新田川(しんでんがわ)と雑田堀(ぞうだぼり)を取り上げました。 今回も地図には写真を撮った位置をマークしています。マップ中のマークアイコンをクリックすると出てくる番号がノート内の写真番号になります。 府…
府中用水その4は下の川、新田川を分岐した下流側の本流(市川)とその先府中本町からの旧妙観堀を取り上げました。 今回も地図には写真を撮った位置をマークしています。マップ中のマークアイコンをクリックすると出てくる番号がノート内の写真番号になりま…
その1、その2の続き、というより流れを変えての3コマ目です。 今回も地図には写真を撮った位置をマークしています。マップ中のマークアイコンをクリックすると出てくる番号がノート内の写真番号になります。過去分のマークはわけがわからなくなるおそれが…
今回その2では、国立市内の湧水を源として府中用水に注ぐいくつかの小川をたどって行きます。 府中用水・関連地図 その1でも使用した地図にその2分を加えました。写真を撮った位置を地図中にマークしています。マップ中のマークアイコンをクリックすると…
府中用水を、その周辺も含めてあちこち歩いてみようという気になりました。今回はその1回目、府中用水に多摩川の水を引き込むための取入口周辺の記録です。多摩川本流から分かれた流れと取入口直前で合流する「根川」と、直接の関係はないのですが、府中用…
次にどこを歩こうかと地図を見ていてふと見つけた、鶴見川をはさんで東西に並ぶ緑道2つ。今回は行き当たりばったりで現場へ出かけ、「この道は何なのだ」かを観察。帰ってから少し裏付けをとってノートにまとめてみた。そんな大げさなものじゃないっす。 最…
六郷用水を歩く、狙ってこのようにまとめたわけではないが、6回目にして六郷地域へ入っていく。タイトルも若干無理があるが…今回は南堀から蛸の手で3つに分岐した水路のうち、まだ辿っていなかった子の神堀、中宿堀の跡を歩く。 六郷用水流路地図 上地図で…
六郷用水、狛江からの本流と南北引分で大きく2つに分かれた南堀、北堀をこれまでたどってきた。 今回は用水路下流で大きな堀からさらに分岐した、支堀とでもいう流れをいくつかたどる。 なぜか2つずつ名前を持つ水路を3ヶ所。 能登川堀・逆川 松葉用水・北…
六郷用水を歩くその3では本流を下り、南北引分と呼ばれた地点から南堀へ進んだ。今回は北堀を歩く。 北堀と南堀が分かれる南北引分地点へ戻ってきた(大田区千鳥3丁目) 右手前から本流が流れてきて、正面向こうへ南堀、左方向へ北堀と分かれる、とはその3…
「六郷用水を歩く その2」の続き。 南側が中原街道丸子橋交差点、北に東急東横線線路と亀甲山、多摩川台公園、西は多摩川、東は多摩川浅間神社、住所でいえば大田区田園調布1丁目というところまできた。丸子川が多摩川に注いで終端となり、国分寺崖線の終点…
六郷用水、前回のつづき。世田谷区喜多見、次大夫堀公園から下流へ歩く。 六郷用水流路地図 次大夫堀というのは六郷用水の別名。小泉次大夫が建設の総指揮をとって造られた用水路だからっていうのは前回も書いた。 かつて次大夫堀公園あたりは六郷用水に野川…