相模原台地から相模川の河岸段丘を下ったり上がったりしていつもより長めの距離を歩いた記録です。〈疲れました〉
タイトルに入れた『相模川近辺』を歩いているのは全体の半分くらいなのですが、その部分をおもに取り上げました。
歩いたのは12月はじめ頃、スタートは小田急相模原。
序盤の描写はさらっと
相模台団地のなかを通り抜けました。
木々の色づきなど
「水道みち緑道」を通って相模原麻溝公園・県立相模原公園へ
公園脇の銀杏並木がいい感じ
ここは初夏に花菖蒲を見に来た庭園
以上相模原公園
こちらは東電の北相模変電所あたり(相模原市中央区上溝)
こちらにも黄色に色づいた銀杏の木々(相模原市中央区田名)
ここまで相模原台地の上、ようやくその縁まで来ました。
「岩切り場跡」
柵の向こうは河岸段丘の崖、下を相模川が流れています。
その崖で昔、岩切りをしていたようです。
高いところからの眺め、密集する木々に覆い隠されてよく見えないのでした。
地図で読むと高低差約20mの崖、下ります。
途中岩切りをしていたらしき跡がみえ、岩肌は浸みだした水で濡れていました。
下りきったところから
相模川の流れる低地は広く農地となっています。望地(もうち)河原と呼ばれているようです。
右側、森になっている部分が河岸段丘の崖線です。
農地の中に1本まっすぐ通る道を歩いている途中
ふり返って
どこからこの道を歩きはじめたのだったか..見えない
〈後に地図で長さ測ったら1キロちょっとの真っすぐでした〉
道を端まで行くと「望地弁天キャンプ場」や「望地弁財天」があります。
望地弁財天
社殿を覆うもうひとつの屋根があり「望島殿」と書かれた扁額がかかっていました。
もう一度来た方をふり返り
キャンプ場テントサイトあたり
向こうに相模川の流れが見えます。
テントサイトの相模川上流側は段丘の崖が目前に迫り、川の流れも崖の近くに寄ってます。
その崖をくり抜いた農業用水路のトンネルがあり水は望地河原などの田んぼに送られていますが、先代、江戸時代安政年間に掘られたトンネル跡も「万平穴」という史跡となって残されていました。〈写真撮ったのですがなんだかわからない画になってしまったので控えます〉
狭い崖下を先へすすむと
釣り堀になっている「弁天どぶ」
川の本流とは離れたところで水が淀んでいる場所をこのあたりで「どぶ」と呼ぶそうです。ここは望地弁天近くなので弁天どぶ
そこを通過すると高田橋広場、また開けた場所になります(相模原市中央区田名)
正面が高田橋
橋を潜った先の一角は公園ぽく
そのすぐ上流側に農業用の取水堰
小沢頭首工
対岸、愛川町や厚木市の農地で使用する水を取っています。
造られたばかりのように見えたので写真撮ってみたのですが、実は古くからあるようです。
河川敷の通路はこのあたりまで(このあたり相模原市中央区水郷田名)
堤防上の道にあがります
その道は段丘の上へあがっていきます。しばらく段丘上、川の見えないところを歩きます。
段丘上は水の便がよくないので田んぼはなく畑になります
野菜畑の向こうはオリーブの木、たくさんありました。
住宅地に入って、石塔などもあって古い道なのでしょう👇
こんな風景のところを3キロくらい歩くと
変わった形の建物が現れました
現在は「相模原市立渓松園」という老人福祉センターですが
この円筒形の建物、元々は1934(昭和9)年建造された水道施設「大島送水井」でした。
建物裏手崖下を流れる相模川に設置された揚水ポンプ場から水をくみ上げ、近くを通る横浜市水道局の送水管に合流して浄水場に送るための施設でした。
その後水道設備拡張事業が1954(昭和29)年までに完了しこちらは使用されなくなったのですが、建物をそのまま生かして今の形になったのだそうです。
ということでこの建物裏手には相模川、「相模川自然の村公園」も整備されているので向かってみます。
崖上から見た相模川
段丘崖を下ります
公園内崖下でまず目にはいった古い建物
旧青柳寺庫裡
江戸時代中期頃の建物と推定されており、相模原市内別の場所からここへ移築、保存されています。
川べりの紅葉がきれいでした

公園を川の上流(北)側にぬけて歩きます。
水辺近くを先へ
諏訪森下橋
橋を渡った先は相模川の大きな中州で畑、耕作地になってます。
中州がまだ続いて
その向こうに見える道路高架は圏央道、相模原IC近くです。
こちらは小倉橋のほうへ向かう道
少し前まではこのまま小倉橋まで支障なく歩いて行けたのですが
工事現場に出くわします
新しく橋を造っているようで橋脚の建設工事中でした。道は迂回しますが通行は可能
先でふり返って
立っている案内看板を見ると「中央新幹線相模川橋りょう」の文字がありました。リニア新幹線の橋をつくっているのですね。
起点の品川駅からずっと地下を通るリニアの線路がはじめて地上に出てくるのがこの場所だそうです。〈橋を渡ってまたすぐトンネルだそうですが。あと、走りはじめるのはいったいいつになるのでしょうね?〉
この工事現場をぬけるとすぐ目の前に小倉橋、新小倉橋が見えます
工事現場の雰囲気も入れてみつつ
近づいて
奥の大きな新小倉橋、その前が小倉橋、道路はどちらも県道510号
右正面の小さな祠は水天宮のようです。
小倉橋は1938(昭和13)年完成、現在は「かながわの景勝50選」、「かながわの橋100選」、「相模川八景」、「土木学会選奨土木遺産」
新小倉橋の開通は2004(平成16)年、小倉橋が狭いのでバイパスです。
橋近くを上がっていきます。
小倉橋の先には〈陰になってしまいましたが〉東京オリンピック自転車ロードレースコースであった記念の横断幕。こちら県道から道志みちなどにはその時のモニュメントなどが多く残されてます。
小倉橋と大体同じ高さ
橋面より上がって
この橋、道幅は狭いのですが大型車がよく通ります。橋の通過はどちらか一方が手前で待って交互通行〈ただし歩行者に対しては待ってくれないので、はっきり言ってとても怖い〉
まだ上がる
新小倉橋の上まで来ちゃいました
河原の標高が約70m、この位置が約140mでした。段丘の高低差もこのへん大きいです。
橋の上でひと休み、さらに橋本へ歩いたのですがこの後は何も記録してませんでした。
以上です。