散歩の途中

iPhoneもって散歩しながらいろいろ観察したノート

羽村堰から軽便鉄道跡の東京水道導水管沿いに狭山湖まで歩く

玉川上水羽村堰まで歩いたあと、続けて歩いた後半部分のノート。
羽村堰までの前半部分はこちらからも。

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現在、羽村堰から取り入れた多摩川の水は3つに分水されている。1つは玉川上水に流され、小平監視所からは地下送水管により東村山浄水場へ送られる。もう1つは羽村導水ポンプ所からポンプ圧送により小作浄水場に送られる。そして残り(といってもこの部分が比率が一番大きい)は羽村堰の第三水門から地下の送水管を通って村山貯水池、山口貯水池へ送られている。
玉川上水を下流からたどって羽村堰まで到着したあと、村山、山口貯水池へ送られる送水管(羽村線)のうえをたどって歩いてみた。送水管の通っているところは多くの区間が歩道、自転車道として整備されている。歩道ではないところも一般道になっていて、辿るのは簡単である。ただ途中、米軍横田基地内を横切っているほか、工場の敷地や水道局の管理区域を通過している箇所もいくつかあって、すべての区間を忠実に辿ることはできなかった。
地理院地図を見るとこの区間は「東京水道」の文字と水色の破線で表示されている。
そしてこの区間羽村から村山(貯水池)まで、多摩川の水をひくための導水管敷設工事(1921年、大正10年)の際に、軽便鉄道が敷かれたそうである。軽便鉄道については何らかの工事がはじまると鉄道が敷かれ、終わると廃止され、を繰り返し、最初は村山貯水池建設工事、次は山口貯水池建設工事、3度目は戦時中の両貯水池の防衛(堤体補強)工事で、それぞれ廃止と復活を繰り返したというエピソードがある。なお、戦後には復活することはなかった。
後半部分の行程(といっても地図は前半部分といっしょの使いまわしなり。)は緑のアイコンから赤のアイコンまで

羽村堰から横田基地西側

スタートは羽村堰、どこでもいいのだが多摩川の取水口、第一水門の上側に一応設定。

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参考までに羽村周辺の多摩川の水の流れについての図

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この図の「羽村線」をたどる。
羽村堰のすぐ脇を通る奥多摩街道に出てから、少し行ったところで細い坂道を上がると第三水門と導水ポンプ所の見える小さな広場に出る。
広場から第三水門と導水ポンプ所方向を見る

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写真だとわかりづらいが、振り返るとまっすぐな道路が向こうへ伸びている。

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この広場近くでは道路工事がはじまるようで、そのうちこの辺の景色も変わるかも。
まっすぐに伸びる道路はとりあえず青梅線の線路にぶつかるまで、おおよそ500mつづく。
青梅線にぶつかったところで来た方を振り返って

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線路をのぞきこむと向こう側にも道路が続いている。

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向こう側へ渡るとこんなかんじ、神明緑道という名前がついている。このあたりの地名が神明台。

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青梅線の向こう側は、福生加美平住宅や羽村の工業団地を通過し、米軍横田基地、米軍ハウスの敷地にはいるまでまっすぐ緑道が続いている。途中一か所、緑道は工場の敷地になってさえぎられている場所があった。
横田基地米軍ハウス手前で

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この奥にみえるマンションのような建物は米軍ハウスのもの。
米軍ハウス手前で後ろを振り返って

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この先は勝手に入れないので大きく迂回する。

横田基地迂回中
北側へまわり、都道166号にはいる。
羽村市から瑞穂町にはいり、横田基地の北端近くで国道16号八高線の線路を渡る。
八高線の踏切とフェンスの向こうは横田基地

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横田基地の北の端を通って新青梅街道の交差点にさしかかったところで基地の東側のフェンス沿いに南へ向かう。
基地の反対側にまわったが、フェンスに沿ってまだ迂回は続く。

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途中で畑のなかを通る道へ。
遠くに狭山丘陵が見えてきた

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さらに南へ向かうとIHI瑞穂工場がある。その敷地のなか、まっすぐ一直線に建物のない部分が伸びているところがある。そこが横田基地とこの工場を横断してきた送水管が通っている場所である。
フェンスのなか、未利用の土地の下を送水管がとおる

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◆野山北公園自転車道
そして反対側を振り返るとまた歩道が整備されている。

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野山北公園自転車道線の始点になる。ここから送水管のうえが長い直線の自転車道(歩道)になる。そしてここが瑞穂町と武蔵村山市の境界でもある。
残堀川の交差地点付近

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途中にあった案内板

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直線がつづく。両側が並木になっているところも多い。武蔵村山市本町2丁目にて

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前の写真の近くから。向こう側の狭山丘陵がだいぶ近づいてきた。手前には茶畑。

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この先をしばらく行くと、この道はじめての?カーブがあり、狭山丘陵の方へ入ってゆく。
途中、青梅街道を横切り、さらに都道55号線を横切るとそのすぐ向こうにトンネルの入口。
都道の交差点と横田トンネル

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軽便鉄道を通すためにトンネルが全部で6つ掘られた。そのうち4つのトンネルが今も自転車道として、現役で使用されている。最初が「横田トンネル」、その先「赤堀トンネル」「御岳トンネル」「赤坂トンネル」と続く。各トンネルとも昼間の時間帯のみ通行でき、夜間はシャッターが閉まるそうだ。
横田トンネルの近くから

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脇にシャッターの開閉時刻が書かれている。どのトンネルも長さは150mから200mくらいだろうか。サイズは大きくないので車は通れないが、自転車なら乗ったままでも問題ない。
横田トンネルを通過したら、次の赤堀トンネルが照明器具取替工事中で通れなかった。

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2016年11月、12月は赤堀トンネル、2017年1月、2月は赤坂トンネルが通れなくなるようだ。
迂回路の掲示があったのでそれに従って普通の道路を歩き、次のトンネルの入口へ。
当然、反対側も封鎖されている。

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反対側を向くと御岳トンネル

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御岳トンネルをぬけると番太池がみえる。

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コンクリートで仕切られているので人工のため池かと思ったら、江戸時代からあったそうな。
池の先に4つめのトンネル、赤坂トンネル

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このトンネルは他のと比べて少し長い。そして照明がうす暗い。(たぶん2017年の工事が終わると明るくなるのでは)
このトンネルをぬけた先はまわりに人家もなにもなく、寂しいところだった。そして何の表示も見当たらなかったのだが、自転車道もたぶんここが終点。
この先に通ることはできないが、5つめのトンネルがあるので、ここまで来たついでにその入口をさがしに行った。最初方向を誤ったが、すぐに見つかった。
5つめのトンネル

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下がかなりぬかるんでいて入口近くに寄ることができなかった。
このトンネルも長さは200m程度だろうか、向こう側の出口は見えていた。出口の先は立ち入りが制限される水道局の管理用地に入ってしまうので、通ることができないのかもしれない。6つめのトンネルは5つめのだいぶ先にあるようで、確認することはできず。
さて、この自転車道というか、水道原水の送水管が下を通っているところをずっと通ってきたのだが、途中、地上にはほとんどその痕跡が見当たらなかったような気がする。一か所、空気抜きか水抜きと思われる逆J形の弁(?)が顔を出しているのを見た程度である。それも、現在使われている現役のものなのかもわからなかった。横浜市水道の送水管が通る横浜水道みちでは、管理用の立坑やマンホール、弁などいろいろな設備が顔を出していたのだが。
そして軽便鉄道の痕跡も、通っていた道そのものとトンネルを除けば同様である。

多摩湖自転車道から村山、山口貯水池へ
さてここ、谷底のようなところから丘陵の尾根にある多摩湖自転車道に出たいのだが、道らしき道がない。それでも5つめのトンネルの近くから、けもの道のようなところを登ってみたらすぐに踏み分け道が通っていて、小さな神社の裏手に出た。
(もちろん通常の道路を通って行けばいいのだが、結構遠回りになるのでバイパスしたかった。)
谷津仙元神社

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そこからすぐに多摩湖自転車道に出ることができた。ここへ出られればあとはひたすらこの道を行けばよい。

多摩湖自転車道に出た

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自転車道にはいると武蔵村山市から東大和市へ。このあたり木々の合間に多摩湖(村山貯水池・上湖)がちらりと顔を出すが、あまり展望は良くない。途中、鹿島休憩所まで来たら左折して坂を下りる。
下りると村山貯水池(多摩湖)の上湖、下湖の間にある堤(ダムの堤体)の脇に出る。

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村山貯水池(多摩湖)は上湖、下湖2つに間の堤で分かれている。写真左側に上湖、右側に下湖があり、間に車道が通っている。車道の幅がせまく、ここを歩行者が通るのは危険なので、上湖側の写真を堤のうえから撮ることができなかった。
堤の下に歩道が設けられている。

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上は車専用。下の歩道を歩くと下湖が一望できる。

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はるか向こうに西武園遊園地の観覧車などが見える。
あちら側の堤のうえは、かつて多摩湖自転車道の下流側(狭山・境緑道)を歩いたときに通った。

 

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村山・上湖

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車道の脇から無理やり撮ってみたが、逆光にもなっていてあまり様子がわからない。目で見た印象は下湖に比べて小ぶり(地図で見ても実際そうなのだが)、周囲の雰囲気は森に覆われていて上湖、下湖同じようだった。
堤を渡り終え、多摩湖橋歩道橋の手前で、上湖

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左側奥に向かって堤が伸び、右に向かって湖が広がっている。

村山貯水池(多摩湖 Wikipediaから
東大和市の狭山丘陵の渓谷に造られた1927年完成の東京都水道局水源管理事務所村山・山口貯水池管理事務所が管理する人造湖
東京市の人口増加に対応した水源確保のため、多摩川の水を羽村取水堰で取り入れ、導水管にて村山貯水池に導いて貯水し、ここから境浄水場へ導水して浄水処理を行い、和田堀浄水池を経て市内へ給水する目的で、東京都北多摩郡大和村(現:東大和市)に1916年から1927年まで10年の歳月をかけ建設された。工事にあたり、資材運搬と導水管(羽村村山線)工事のために羽村-山口間に軽便鉄道を敷設した。この鉄道は完成後に廃止となったが、山口貯水池建設工事の際に復活し、資材運搬に利用された。廃線跡の一部は東京都道253号保谷狭山自然公園自転車道線などのサイクリングロードとして整備されている。
村山貯水池は東京都水道局の水源のひとつ。西の村山上貯水池と東の村山下貯水池に分かれている。また、東京都内の他県にまたがらない湖の中では最大である。

ここから都県境を越え、埼玉県所沢市に入る。山口貯水池(狭山湖)は東京都水道局が管理しているが、埼玉県にある。多摩湖橋歩道橋からは歩いて15分くらいの距離。ずっと歩道が整備されており、狭山湖の堤体付近は公園になっている。
山口貯水池(狭山湖)、取水塔

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ダムの堤

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こちらの貯水池の堤のうえは歩道になっている。絶好の散歩コース。

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堤の中央付近から

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狭山湖と狭山丘陵の森、向こう側は奥多摩秩父の山。さらに南西の方には富士山のシルエットもあった。
狭山湖到達記念的

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目的地到着。狭山湖多摩湖とも多摩川の水がここへ運ばれているんだよねと、肝に銘じる(そんな大げさじゃないが)。

山口貯水池(狭山湖 Wikipediaから
埼玉県所沢市入間市にある1934年(昭和9年)完成の東京都水道局水源管理事務所村山・山口貯水池管理事務所が管理する人造湖
多摩川(羽村市)の小作取水堰(小作・山口線)及び、羽村取水堰(羽村線)からの導水を主要な水源としているが、一部金堀沢・大沢などの天然の湧き水が流れ込む。湖の水は東村山市の東村山浄水場武蔵野市の境浄水場へと導かれ、東京都の上水道として供給される。
東京市の人口増加に対応した水源確保のため、埼玉県入間郡山口村(現在の所沢市)に1927年(昭和2年)に、東京市水道の第一次拡張事業第2期工事で認可され着工、7年の歳月をかけ建設された。貯水池は狭山丘陵の柳瀬川浸食谷を活用して造られた。工事にあたり村山貯水池の資材運搬と導水管(羽村村山線)工事の際に敷設した羽村-山口間の軽便鉄道を復活させて、砂利運搬に利用した。廃線跡の一部は東京都道253号保谷狭山自然公園自転車道線などのサイクリングロードとして整備されている。

狭山湖から最寄りの駅は西武球場前、歩けば15分ほど。駅に着く前にお決まりで
西武ドーム

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目の前の西武球場前駅から帰る。駅は野球の試合などがないとがらがらだ。

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この日は拝島から羽村堰までとあわせて23.6kmの歩行距離になった。