散歩の途中

散歩の途中で観察記録、その後少し調べて書くノート

中村川を歩く 二宮町河口から大井町源流まで

神奈川県西部、二宮町小田原市境界近くで相模湾に注ぐ中村川(なかむらがわ)をさかのぼって歩きました。小田原市東部から中井町とのどかな風景の中を流れ、上流の大井町に入ると丘陵の雑木林、源流の窪地は小さな集落の中にありました。

最初は河口、二宮袖ヶ浦海岸から(これのみ2019年12月撮影)

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西の方を見ています。手前が海に出る直前の中村川、海の向こうは小田原、真鶴、遠くかすんで伊豆半島の一部。

 

国道1号押切橋近くから河口方向

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前方、西湘バイパス、海岸。

 

西湘バイパス、国道1号の次、JR東海道線の橋梁。

その下から下流

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中村川下流では押切川(おしきりがわ)とも称されます。この対岸周辺の字名が「押切」です。

 

500mほどさかのぼって(小田原市中村原)

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下流でもこの川は結構自由に蛇行してます。大規模な改修を受けなかったからですが、その必要性が高くない穏やかな川だったのかもしれません。(想像ですが)

「押切」に続くこちら「中村原」は川の名前の由来となった場所でしょうか? 流域にはほかにも中村の地があり、人名説もあるようで、はっきり分かりませんでした。

 

東海道新幹線橋梁下から

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ほぼ同じ場所から上流側
山西橋(小田原市山西)

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丹沢の山々も見えています。
川の延長は10㎞あまり、あちら丹沢にまでは届きません。

 

さらに1キロ少々さかのぼり
新坂呂橋上から上流側(小田原市小竹)

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もう少しさかのぼると小田原市から中井町に入ります。
中井町北田、藤沢川合流地点

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川原は草ぼうぼうですね。奥側が中村川本流、手前右からの流れが支流の藤沢川。藤沢川も細い流れですが、春の川沿いは花に覆われるので、時期になったら歩いてみようと思っています。

 

中井町久所付近

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中井町役場付近の中村川中井町比奈窪)

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のどかな風景が写ってますが、背後は町役場やいくつかの行政施設もある、でものどかなところです。
ガードレール沿いに小さな橋がひとつ写ってます。支流の岩倉川と中村川の合流地点です。

 

合流点の橋近く、前方に雲を纏った富士山が一瞬見えたもので

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さらに上流側、それほど長い区間ではありませんが、川沿いに歩道があります。

絵を描いている人がいました

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たしかに風景を描くのに良い場所、良い天気かと

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歩道を少しさかのぼったところ
路端に古い橋脚が残っていました

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ということは前方、古い河道です。過去に改修工事があったのでしょう。現在は背後に流れが変わってますが、何年前までこちらを水が流れていたのか個人的に興味をひかれます。

右端の石標「鴨沢城址周辺」と書かれています。Googleマップを見ると広域農道が通るトンネルの上、「鴨沢城址」のピンが立ってます。
16世紀初頭、北条早雲(伊勢宗瑞)が相模進出を図った際に築いた砦、要害とのことです。

 

中村川本流(中井町鴨沢)

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流れはしだいに山あいに。

 

境橋

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こちらは近くを通る県道の旧道と思います。

 

もう少し奥へ入ると東名高速の真っ赤な橋梁、中村川橋が現れます

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〈上路式の橋なので東名を走っているときに赤いかどうかはわからないんですけど、下からはよく目立ちますね〉

 

そしてこの下をくぐると中井町から大井町へ入ります。〈ちなみに小井町というのは存在しません。〉

県道77号中井町大井町境界

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影になっているのは上を覆う東名の橋のため。

この先、道は長くじわじわと勾配を上っていくのですが、中村川の流れは雑木林の谷底深くに潜行してしまいます。近づくこともできず、道路上から肉眼でも流れを確認できるポイントはあまりなく、まして写真に撮ってもなんだかわからない…ということで、ただ歩くのみです。

 

大井町の境界から上って1200mほど、高尾というバス停の近くで川の本流が県道を渡ります。

川を渡る高尾橋の上から久しぶりに見えた流れはほんの少しだけ

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わずかで向こうの草むらに隠れてしまいます。橋の反対側は何も見えない状態でした。

流れはここから方向を変えて県道からも離れ、山の中へ入っていきます。

 

追いかけて農道のようなところへ少し入ってみましたが

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トラックが1台走っているのが先ほどの県道、その後方に高尾橋があり、右の崖下暗い部分を伝って川が流れているはずです。白いフェンスが連なってます。

 

別の場所から

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ここから先は川沿いに道もなく、追っかけはちょっと生易しいものではありませんでした。〈わりとすぐに諦めましたが〉

 

次は川をぐるっと回り込んで、大井美化センター(廃棄物処理場です)から谷を下った底、辛うじて水の流れまで近づけました。

大井町柳、中村川本流です

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この付近から源流のある集落のほうへ細い道が1本通じているのですが、その入口に「ヤマビル注意」の大きな注意書きが出ていました。季節的には微妙ですが蛭は大の苦手です。通過するのは即座に諦めます。

 

谷底からまた山の尾根に上がって、ここで結構疲れました。

この下、谷底どこかに小さな水の流れが続いているのでしょう

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通るのを諦めた道を逆側から回り込んで入ったところ
何か作業をされている人がいました

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右側に細い流れがあるはずです。

先はぬかるみが酷く、ここで再び引き返します。

 

人里近くまで戻って再び流れに出会いました

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「蛍の水」という湧水

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こちら地名は大井町篠窪、この里に中村川の源流があります。文字通り山に囲まれた中の窪地、このような湧水がいたるところにあるのかと想像されます。

 

川のはじまり近く

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道路沿い、フェンスの下から川らしい流れがはじまってました

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川らしい流れができる手前には

しみ出す水

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側溝に集まる清水の流れ

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こんな設備も

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少し高い所から流れ落ちてきた水でしょうか?
草が多くて分かりにくいですが、正面は空地ですが数年前まで畑地だったところ。ここに何本かの側溝が集まってました。

 

ちょっと引いた位置から

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ここで一応中村川源流到達ということにしたいと思います。

集まった水は少しの間暗渠などを流れ、さきほどの道路沿いのフェンスのところから顔を出すのかと推測です。
この川は源流周辺がたまたま集落となってひらけていたので、流れのはじまる様子がよく分かりました。

 

源流からの川の延長、地図上ラフな測定では12.5㎞。
公式?には10.3km、二級河川部分は9.0kmと記されています。また、水源も大井町ではなく中井町としており、行政的には解釈いろいろ異なるようです。

 

中村川・岩倉川流路