本厚木から相模原・古淵へ歩く

前半は厚木道、八王子道あるいは(一部)大山道と呼ばれた古い道を
後半は相模原市南部に残る雑木林の中などをたどって歩きました。

 

◇本厚木から厚木道

厚木では3つの川を渡ります。

まず小田急下りの電車で相模川を越え、本厚木駅に着きます。
下車して駅北口前


街の中を北の方向に歩き、小鮎川を渡ります。

「第二鮎津橋」から小鮎川下流相模川方向(厚木市厚木)〈狭くて逆光で申し訳ない〉
橋の欄干ごしに見える水面が小鮎川、隣りには〈隠れて見えませんが〉中津川も流れ、両河川の相模川合流点、3つの川が一気にまとまるところで河川敷も広くとられています。

右端のほうに見えるのは3河川合流後の相模川に架かるあゆみ橋のアーチがひとつ

この橋を通る道路は続いて「第一鮎津橋」で中津川を渡りますが、自分はそのひとつ上流側に架かる「鮎津橋」で渡ることにして〈橋名ややこし〉

 

中津川右岸沿いを少し上流へ車道の右が中津川、赤く塗られた堰のゲートが河川敷に見えてます。たぶん農業用水を取水しているのでしょう。

 

そこから200mほどさかのぼると「鮎津橋」
その上から中津川上流方向(厚木市妻田)渡って中津川と相模川の間に出ます。

いちおう3つの川を渡りましたがこの後別の場所でまた相模川を渡ります。

 

こちらが八王子道あるいは厚木道などと呼ばれた古い道(厚木市金田)文字通り八王子と厚木を結んだ街道なのでしょう。
現在は拡張されて国道129号となっていますが、ここはその旧道にあたるところです。

〈名前長くなるのでこの先は単に『厚木道』と呼ぶことにします〉

この一帯は古くから金田の集落がありました。
このあと出てくる石標側面解説では「金田地区には小字名として本間屋敷、宿屋敷、東屋敷、中屋敷などがあり、地頭本間氏一族が鎌倉時代から室町時代末期まで住んでいたと言われ..」の一文が記されています。

ここから南(背後)へ進むと3河川合流点近くで中津川、小鮎川を橋で渡り、厚木の町へ出ていました。現在の第一、第二鮎津橋付近を通過していたようです。(いつ頃から橋があったかは詳細わかりませんが明治初期には存在しました)

 

道を前方へ少し行くと

道祖神、その手前は五輪塔がバラバラになったもの? そして「鉤の辻道」の石標消火器の箱に隠れてしまいましたが、丸い大きな石〈何だかわかりません〉も置かれていました。

石標の側面には「『鉤の辻道』とは道路が十字ではなく、ずれて交差していたことを言い、守るに易く攻めるに難しいのじゃ」〈意訳〉みたいなこと書かれてました。

古い地図からはクランク状に折れ曲がって交差するやや複雑な形状の辻になっていたことが読み取れました。

現在、鉤を折れて先へ進むと厚木道は国道129号(厚相バイパス)に吸収されてしまってます。
国道は通行量が半端ないので迂回してまた旧道を歩けるところまで移動します。

 

☆ 迂回中

最近開発された住宅地のなかに残る神社の鳥居、参道(厚木市下依知二丁目)中依知浅間神社

本殿はあと150mくらい先にあります。

 

段丘崖を上がって東の方向を眺め(厚木市中依知)左右横切る高架橋は圏央道厚木IC付近、その向こうを相模川が流れ、一番奥に横たわるのは座間丘陵です。

ここから国道129号方面に方向修正し、中依知交差点付近で分岐してくる厚木道旧道に復帰

☆ 迂回終了

 

中依知交差点から北へ約400mの旧道(厚木市関口)歩いているときは気づかなかったのですが、金田付近より道幅せまいでしょうか?

 

県道42号(藤沢座間厚木線)との交差座間方面から相模川・座架依橋を渡ってこちらへ上がってくる県道、この背後で国道129号と関口中央交差点(立体)になってます。厚木道旧道とは橋で交差

 

そこから約600m北へ行くと古い道標が立っています「左厚木道」は電柱の影が伸びた向こうからこちらへ来る道

道標この右側面には「右大山道」と標されて伊勢原の大山へ向かう道、左へのびていく道です。
かつて自分が大山道をたどって歩いたときにもちゃんとここを通過していました。

ここは丁字路なのですが前方の道は厚木道と(府中通り)大山道の合流した道であり、ここが両街道の分岐点だったようです。

 

厚木道と大山道の合流している道を少し進んだところ、(現厚木市関口から山際にかけては)小規模な集落が点在していたようです。

長屋門のある住宅


厚木道から横へのびる山際神社参道


こちらも立派な門構えの住宅

👆の住宅の先は丁字路になって厚木道、大山道との合流点(併走区間のはじまり)

 

そこを過ぎるとかつての厚木道沿いにはしばらく何もなかったようで
今は住宅地となっていますが昔を偲ばせるようなものは特に見つかりませんでした。

少し端折って1200mほど先へ

厚木道に交わる小さな歩道が現れます。


奥へ入っていくと広い交差点に出ていきます(厚木市上依知)この交差点は国道129号、八王子街道(現在の厚木道)、神奈川県内陸工業団地(厚木と愛川にまたがる大規模な工業団地)へ向かう道路などが交わっています。

歩道下はその工業団地から流れてくる水路で下流の東側段丘崖を落ちて相模川に注いでいます。

内陸工業団地の敷地は戦時中に飛行場がつくられましたが水はけが非常に悪く(舗装されてなかった滑走路など使い物にならなかったようで)、いくつかの排水路が設けられました。そのひとつがこちらの水路ではないかと個人的に予想しています。

前にみえる歩道橋を渡り

その先国道129号沿いに段丘の端あたりへ(厚木市上依知)国道の先にアーチが3つほど見えますが、相模川水路橋です。段丘下るとすぐに相模川に差し掛かります。

国道は水路橋近くの新昭和橋で相模川を渡ります。

自分はそのまた隣りに架かる昭和橋めざして段丘を下ります。

 

半分くらい下った所から崖地からの眺望はあまり良くないようでして..

 

国道129号旧道となる県道に出て相模川・昭和橋手前

依知神社前にて道路の先に依知神社本殿など、道路右側銀杏はその御神木。

信号の向こうは昭和橋

隣りに歩道橋があります相模川上流方向見てます。先ほどのアーチの水管橋が向こうに見え、間を通る現国道は目立ちません。

 

下流方向

 

相模原市内を足の向くまま徘徊

川を渡ると相模原市(南区当麻)、このへんで厚木道からは離れます。

 

相模川の近くは長閑な田園地帯


正面を右に上がっていくのが見える「當麻坂」をのぼり相模原台地(中段の田名段丘面)へ


原当麻(はらたいま)に出ます。

JR相模線原当麻駅前から駅前のスーパー、足元は橋の上(下中丸橋)で下は鳩川の流れ

前方(東方向)へしばらく歩くと

また段丘崖が横に長くのびて、その直下へこの崖下は小さな川(道保川)が流れています。

右は紅梅、枯れ草の目立つところにはかつて淡水魚増殖試験場という神奈川県の施設があり、敷地は左右に長く広がっていました。

現在は使用されていませんがその廃墟が残ってます(相模原市南区下溝)


試験場跡地を過ぎ、段丘を上がります。

上がって丘の平らな面(上段の相模原面)に出るとあたりがひらけます。

フェンスの向こうは相模原沈殿池の敷地ここは横浜市水道局の施設。内部には大きな池(沈澱池)があり、取水した原水の土砂や微粒物質を沈殿させて取り除いて浄水場へ送っています。〈沈澱池方面にはこの日足をのばさなかった〉

 

この沈澱池からさほど離れていないところには相模原浄水場があります。

相模原浄水場の高架調整池(貯水槽)相模原浄水場は神奈川県内広域水道企業団の施設で横浜市水道局の沈澱池とはあまり関係はないようです。

見えている高架調整池は〈周囲工事中ですが〉浄水処理をした水を一時的に貯めておく施設。高い位置から重力落下で配水しています。

 

相模原浄水場の先(北東方向)へ進み相模原ゴルフクラブと北里大学相模原キャンパスの間を通過、神奈川県道52号(相模原町田線)に出ます。

県道52号に出て(相模原市南区大野台4丁目)道路歩道左はゴルフ場コース、右側はこのあたり雑木林が残ってます。

 

次の「木もれびの森入口」交差点を左折、その先に広がる雑木林に入ってさらに歩きます。

 

 

この一帯相模原台地上の原風景なのかと思いますが、森は年を経てやせ気味で伐採される木も結構な数になっているようです。
木を切って、その後を継ぐ芽がうまく出なかったり育たないのかなと勝手に想像。

 

先へ進むと雑木林から住宅地の中へ、そこをもう少し歩いて帰りの駅に向かいます。

古淵駅前交差点(相模原市南区古淵2丁目)


交差点左にJR横浜線の駅、この日はそこまでです。