散歩の途中

散歩の途中で観察記録、その後少し調べて書くノート

帷子川を歩く その3 古い流路や川跡のあれこれ観察

横浜市旭区の西北部に源を発し、保土ヶ谷区、西区の市街地を流れ、横浜港で東京湾に注ぐ帷子川(かたびらがわ)。昔は激しく蛇行を繰り返して奔放に流れていた川でしたが、近年人の手による川の改修も激しく行われ、流路はあちらこちらで変化しています。

残された昔の流路跡に公園、遊歩道などが整備されている場所がいくつかあって、ちょうど春、花と若葉の季節に通りかかったら、これはこれでまとめてもいいじゃんと思い、まあ例によって余計なあれこれも混ぜ込んではいますが一品調理してみました。

 

今回は取り上げた場所を地図に番号で示しました。

地図中のラインは歩いた足あとになります。

番号順にいきます。

 

1.逆田橋公園

保土ヶ谷区と旭区にまたがる帷子川の旧流路が公園になっています。
「帷子川その1」にも使用しましたが、東海道新幹線高架の下流側からはじまります。

旧流路がこの右側へ続きます

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旧流路側を向いて

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この公園は昔の川筋を埋めて平らにし、広場や子供の遊具を置いたごく普通の公園でした。
公園の真上を新幹線の高架橋、北側に隣接して相鉄線線路が通っています。

川がU字にカーブしていた跡にて

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2.田原橋公園

逆田橋公園のすぐ上流側に続く、やはり旧流路跡を利用した公園です。

こちらは親水施設も整備されています。

公園の下流側入口付近から

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小さなせせらぎがつくられています

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流れが段丘崖にぶつかって屈曲していたところ

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向こう側はすぐ崖になって、竹林や雑木林になっています。

公園内は、川が流れていた頃からある石組みの護岸なども残っていました。

 

3.新井川

支流のひとつです。

帷子川の旧流路を流れる新井川

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コンクリでガチガチに固めてしまいましたね。でも自然の川です。

川の両側に結構な余裕があります。以前は新井川と帷子川がもっと上流側で合流してここを流れていたので、その当時の川幅なのですね。
現在は河川改修により合流点は下流へ移動し、この付近の流れは新井川のみで、従来の川幅は必要なくなりました。不要になった河川敷部分は埋め立てられ、細長い広場ができています。

ガチガチの新井川は、この背後で帷子川分水路と川の立体交差(掛樋)が見られます。様子は「帷子川その1」でとりあげました。

 

4.帷子川親水緑道

旭区白根1丁目、鶴ヶ峰2丁目境界沿いにある緑道、公園です。

帷子川親水緑道、下流側の入口

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こちらも旧流路跡を利用、整備したものです。

左に案内地図がありますが、現在位置は図の左下部分。前方に向かって旧流路が緑道になっています。また、この背後には改修により直線化された現在の川が流れています。

 

この緑道にも小さな流れがつくられていて、渓谷のような雰囲気の場所もあります。

中から(2枚)

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小さな吊り橋があったりします

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池と木の橋

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せせらぎと歩道と花

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池の間近から

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このあたりが旧流路の上流側、この先でまた現在の流路へ戻ります。

ここの公園はとても良い雰囲気でした。

 

5.鶴ヶ峰公園

旭区鶴ヶ峰2丁目、帷子川親水緑道の少し上流側にあります。ここも旧流路跡が公園になっています。

公園、川をはさんで北側にある鶴ヶ峰稲荷神社(帷子川その1でも使った絵です)

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こちら側後ろも同じ公園

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鎧橋跡から鶴ヶ峰公園の入口

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6.鶴ヶ峰公園南側・鎧の渡し緑道

鶴ヶ峰付近の帷子川は昔、特に川の蛇行が激しい場所でした。古い地図を見ると、川の流れが変わったあとに取り残されてできる”三日月湖”も存在していたようです。

三日月湖が存在していた付近

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向こうの壁づたいに右側へぐるっと”C”の形に池があったようです。、今は同じ形でぐるりと自転車置き場になっていました。

そして手前側が流れが変わった新しい川筋ということになりますが、そこも現在は埋められて歩道となり、「鎧の渡し緑道」といいます。

 

鎧の渡し緑道から

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昔、渡し舟「鎧の渡し」がこの付近にあったのだそうです。

 

古い川筋をたどると、鎧橋跡へ

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ここに鎧橋(よろいばし)が架かっていました。歩道との間が橋の欄干のようになっています。昔はこの下が川でした。
左右を横切る道路は明治の頃横浜水道敷設のため造られた道で「水道みち」と呼ばれています。古くはここに橋と水道の鉄管が渡っていたのだと思われます。

橋の反対側は鶴ヶ峰公園の入口です。

 

7.旭区鶴ヶ峰本町付近の流路跡

流路跡

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昔は石の護岸沿いにぐるりと水が流れていました。

正面の白いフェンスのところにいまも湧水があります。

 

フェンス近くから

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幹だけ見える木の下あたりに湧水があり、フェンスに沿って向こう側へ流れができています。
昔の流路づたいに流れて最後は現在の帷子川と合わさっていました。

この付近には川が蛇行していた頃の古い流路跡がまだほかにいくつか残っています。

 

8.旭区今宿東町付近の流路跡

こちらは古い川跡、護岸がそのまま残ってました。水がほとんど流れていないので川幅いっぱい雑草生え放題です。(2枚)

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9.旭区今宿西町からはじまる流路跡

今宿西町からはじまって今宿東町まで、わりと長い距離の流路跡がありました。上流側と下流側で表情が違います。

新流路との分岐地点(今宿西町

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いちばん上流側です。左のフェンス向こうが旧流路ですが、完全に埋め立てられてます。

 

旧流路もう少し下流

埋めてあります

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「帷子川緑道」として再生

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1,2枚前のあたりもそのうちこんな緑道になるのでしょうか。

 

緑道の下流

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下流側には川の中に湧水があったり、小さな支流が流れ込んだりして水の流れができ、簡単に埋められないようです。そのような水をうまく制御できれば、流路を歩道にして水を流し、親水公園として再生できるのでしょう。

 

現流路との合流点近くでは工事をやっていました。
今宿東町付近

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単なる補修工事でもないように見えました。埋立てが行われるのかもしれません。

 

10.旭区川井宿町付近の暗渠

この付近小さな支流が集まっていますが、蓋をかけられて暗渠になっている流れが多いです。

暗渠の合流

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いくつか合流して少し幅広い暗渠蓋

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さて、きりがないのでそろそろ。

 

中流域、旭区白根付近の帷子川本流

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真っ直ぐです。明治時代頃の地図で見る流れとまったく異なっています。
いまだに上流側では様々な改修が進行中、また丹念に整備された流路跡の緑道、公園に変わった場所もありました。

あと、今回は取り上げられなかったのですが、昭和の一時期には汚い川の代表だった、なんてことも含めていろいろな面で人工的に大きく変貌した川だと感じました。

こう言っては何ですが、小さいけど意外に見どころの多い川でした。

 

過去分

miwa3k.hatenablog.jp