散歩のリハビリにもう少し時間がかかります。今回もこれまでの振り返りです。
東京の下町から、橋のある風景を集めてみました。鉄の橋が多くて、どちらかと言えば橋そのもののスナップ…
隅田川に架かる橋。
中央大橋の上から。メッセンジャー像、永代橋、スカイツリーが写ってます。
☆メッセンジャー像について
ロシア(現ベラルーシ)生まれのフランス人彫刻家オシップ・ザッキンの作品。船乗りの守り神をかたどったものと言われています。
近くの説明板には当時のパリ市長ジャック・シラク氏のサインとともに、ふたつの都市とふたつの川をつなぐ友好の記念に贈られたと書かれています。
パリ市と東京都の友好都市提携は1982年に、セーヌ川と隅田川の友好河川提携は1989年に結ばれました。
〈えーと、これは数年前に聴いていたフランス語講座の対訳テキストから引っ張り出してきたものです。〉
ちなみに像の正面は川のほうを向いていて、船からでないと正対してみることができません。
中央大橋のデザインもフランスの設計会社に依頼したのだそうです。
個人的にこの橋のディテールに興味ありますが、ほんの一部。
橋中央の跳ね上がる部分(現在は上がらないようになっています)。
浅草の周辺
駒形橋
永代橋とも似ています。
門前仲町・大横川石島橋
ごっつい橋をいくつか。
大横川東富橋
小名木川萬年橋
日本橋川豊海橋
豊海橋はフィーレンディール橋という珍しい構造。
仙台堀川千砂橋
駅ホームが旧中川を跨いでいます。川の両岸にそれぞれ駅改札口。
最近改修が済んだ都営新宿線東大島駅
上の首都高が醜いけど、このままの姿を晒しておくのが、よしと思う。
日本橋の解説
国指定重要文化財 日本橋
日本橋がはじめて架けられたのは徳川家康が幕府を開いた慶長八年(一六〇三)と伝えられています。幕府は東海道をはじめとする五街道の起点を日本橋とし、重要な水路であった日本橋川と交差する点として江戸経済の中心となっていました。橋詰には高札場があり、魚河岸があったことでも有名です。幕末の様子は、安藤広重の錦絵でも知られています。
現在の日本橋は東京市により、石造二連アーチの道路橋として明治四十四年に完成しました。橋銘は第十五代将軍徳川慶喜の筆によるもので、青銅の照明灯装飾品の麒麟は東京市の繁栄を、獅子は守護を表しています。橋の中央にある日本国道路元標は、昭和四十二年に都電の廃止に伴い道路整備が行われたのを契機に、同四十七年に柱からプレートに変更されました。プレートの文字は当時の総理大臣佐藤栄作の筆によるものです。
平成十年に照明灯装飾品の修復が行われ、同十一年五月には国の重要文化財に指定されました。装飾品の旧部品の一部は中央区が寄贈を受け、大切に保管しています。
平成十二年三月 中央区教育委員会