前回その1『磯子から久保町』の続きになります。
西区久保町、国道1号歩道橋上から
右、陰になってる商店街のゲート『グリーンロード藤棚』から出てきました。
歩道橋はそのまま東海道・横須賀線線路もまたいで
橋を下りると保土ヶ谷区
道なりに進むと旧東海道に出ます。
一帯はかつての程ヶ谷宿内
これは街道に架かっていた帷子(かたびら)橋を模した歩道
近くを帷子川が流れていますが、かつてはちょうどこのあたりが流路だったようです。
ちなみに右前方は相鉄線天王町駅入口、歩道の先が駅入口に続いていますが旧街道の道すじと一致しているようです。
駅を通りぬけるとすぐ
現・帷子橋
駅の北側で帷子川を渡ります。
前方へのびるのが旧東海道の道すじ、今は商店街です。
古い街道ですから(?)神社もあります。
橘樹(たちばな)神社
古い社名は「牛頭天王社」「天王宮」など、この付近『天王町』の由来になってます。
その先国道16号を渡ると洪福寺松原商店街
なぜかこの日は商店街巡りやってますね。アーケードはありませんがこちらも昭和からの古い商店街
下の画右にある赤い看板のコピー「何もつくりたくないけれどおいしいものが食べたい」たしかに
商店街の端まで来て
ここは『芝生追分(しぼうおいわけ)』
芝生は地名かな?追分は道が分かれるところ。
正面に「追分」の標柱がたってます。左は東海道、右奥へ八王子道(ここが八王子道の起点)〈標柱は最近のもので簡単な説明も書いてあります〉
再び西区へ入って浅間町から北幸(きたさいわい)へ
小さな川跡の遊歩道で桜を見かけたことはすでに記しました。
ソメイヨシノではないと思いますが〈前回再掲〉
横浜駅西口繁華街をゆるく迂回して
鶴屋町3丁目交差点の歩道橋から
前方横切る橋が旧東海道〈もちろん以前は橋も下を通る道もなかった〉。
その橋をくぐってすぐ(神奈川区沢渡、台町あたり)
この崖、要塞のよう。上はかつて『高島山』と呼ばれたらしいです。その裾を旧東海道が通ってます。
そちらには近づかず、まわり込むと松本町から反町(たんまち)へ
反町川暗渠の上
そこから東横フラワー緑道へ
どちらも桜の木があるけど開花はまだでした。〈フラワー緑道は開いている木もあった〉
『東横フラワー緑道』というのはかつて東急東横線線路が通っていたところ。地下へ潜ってしまった跡を緑道にしてます。
先へ歩くと線路が地上に出てきます。
白楽駅近くの踏切
横浜駅近くから傾斜地坂道を避けて歩くコースを選んでいたら東横線線路とほぼ並行していました。何のことはない、線路のほうも傾斜地を避けてコース取りしていたということです。
線路を潜ったり渡ったり並行したりして
今は港北区仲手原あたり。西区から神奈川区を経て港北区まで来てしまいました。
住宅地を漂っていると
変わった屋号ですね「コンニャクヤ美容院」
何もないわけがないと後で検索かけてみると、こちらの美容院は大正11年にはじまり、ご家族がその頃こんにゃく製造も営んでいたことでこんな店名にしたのだそうです。
それから代替わりしましたが、店主は看板にある「化粧・着付全日本チャンピオン」をはじめ「現代の名工」などなどすごい経歴の持ち主ということがわかりました。残念ながら2019年に閉店されたということ
調べていくと意外な方向へ展開しました。
そこからほどなく妙蓮寺駅近く〈また商店街徘徊してます〉
パサージュをぬけた先は菊名池(公園)
正面は池の弁財天祠
池は現在真ん中を道路が貫通して分断され、半分は公園プールに変わってます。
こちらは残り半分になった菊名池
池のまわりに桜がありますがこちらも花はまだでした。
そして菊名の街へ
左の壁にはきれいな紫の花がたくさん
花の名前も検索ですが『ハーデンベルギア』、オーストラリア原産の花とのこと。
住宅地まんなかの道路ロータリー
5本の道が交わってました。日本国内は時計回りですよね。
背後は東急東横線踏切
何回この線路を横切ったことか..
意図せず駅前、ごちゃっとした方の出入口へ来てしまった
ここまでとするつもりでしたがもう少しだけ足をのばしました。
こちらは地名では大倉山
太尾堤緑道、目の前はさくらの木
こちらも花はまだでした。開いていた木は無し
というところまでにします。