散歩の途中

散歩しながら観察して記録してちょっと調べて書くノート

柏尾通り大山道を歩く その2 相模川戸田の渡しから上粕屋石倉

柏尾通り大山道、前回の続きになります。
この日は相模川戸田の渡し、現在の地名では海老名市門沢橋(かどさわばし)から相模川を渡り、厚木市南部をぬけ、伊勢原市下糟屋で青山通り大山道に合流してそのまま上粕屋・石倉まで行きます。
石倉は田村通り大山道との合流点で、ここで1本にまとまった大山道は大山阿夫利神社へとすすんで行きます。

阿夫利神社まではいつ歩くのかということですが、田村通り大山道を歩いて現在伊勢原駅付近で待機中の”足”が、時機をうかがっているところです。

柏尾通り大山道・足あと(その2は緑のライン)

柏尾通り大山道その1へのリンク

miwa3k.hatenablog.jp

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出直したのでJR相模線門沢橋駅からアプローチです。

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駅から南へ200mほど行くと大山道の旧道に突き当たります。そこを右折です。

さらに500mほどで不動明王と1本の銀杏の木が立つ「渡し跡」へ出ます。

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「戸田の渡し跡」の解説では、ここには船二隻が常備されていたそうです。

自動販売機との間に河原へ延びていそうな道があったので入ってみました。

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ちょっと殺風景、水の見える場所へ出る方法がわからなかったので引き返し、右端に見えている青い橋を渡ります。

渡し場のすぐ北側に現在は「戸沢橋」が架かっています。通っているのは県道22号、交通量は多いです。

戸沢橋から戸田の渡しのあった付近を

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橋の西側には大山の姿

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相模川を渡ると厚木市戸田、かつての戸田村で、渡しの名前はここからとられています。そちら側にも、たぶん最近建てられた「戸田の渡し」の石標がありましたが、川土手下の草むらの中でした。

県道22号をそのまま西へ進みます。
下津古久(しもつこく)、天宗寺の前に不動明王像ののった大山道道標がありました。

県道脇の大山道道

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「左大山道」と大きく書かれ、その左面は「右 戸田舟渡 左ほしのや観音道」です。

その先、県道交差点名でいうと防災センター前から長沼にかけて、旧道の道すじがクランク状に2回折れ曲がります。何もないところで不思議だなと思ったら、そこには昔、川が流れていました。玉川という川で、現在は流路が大きく変更されて元の川筋は道路に変わっています。
旧道の折れ曲がりはここにあった川の影響のようです。

県道22号の長沼交差点、交差する道路はかつて川で、橋が架かっていたと思われる場所にも不動明王像をのせた大山道道標が残っていました。
右大山道・道標

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道標横に小さな解説があり、1835(天保6)年建立、右大山道、左飛ら塚(平塚)、左戸田舟渡と刻まれているようです。
太陽のあたっている面には「下落合村」の文字も見えます。これはこの付近のかつての村名です。

写真向こうを左右に通る桜並木の道路がかつての玉川流路跡です。流路跡が現在、厚木市伊勢原市境界にもなっています。

県道を西へ歩いて行くと歌川を渡り、さらに渋田川に沿って進みます。

小田原厚木道路を越えた先

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下は渋田川、その流れの先に大山がきれいに見えています。川のすぐ右側が大山道でもある県道22号、その右の高架橋は新東名(工事中)です。

少し先で小田急線の踏切を越え、さらに200mほど行くと、青山通り大山道(矢倉沢往還)と合流します。

合流点のT字路(伊勢原市下糟屋)

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信号左から青山通り大山道、右向こうからが柏尾通り大山道(向こうは柏尾方向)です。ここで合流して手前に矢倉沢往還となります。
ここも古い道標があるはずなのですが、探しても見つかりませんでした。

合流してすぐの矢倉沢往還

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矢倉沢往還は江戸赤坂見附からここ伊勢原下糟屋を通り、足柄峠を越えて駿河国沼津を結ぶ街道です。赤坂(見附)からここまでは重複して大山詣の道、青山通り大山道(大山街道)でもあります。
次の信号で矢倉沢往還は左へ折れて行きます。そこを直進するのは柏尾通り大山道と青山通り大山道の合流した道となりますが、便宜上、青山通り大山道と呼ぶことにします。

矢倉沢往還が左に折れ、次に国道246号の下糟屋交差点に出る手前に高部屋神社があります。
茅葺屋根の社殿を持つ高部屋神社

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国道246号を越えて東海大学付属病院の下を旧道が通ります。

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個人的にここは、渋田川、相模川右岸用水を歩いたときにも通った道で、通るのは3度目なのですが、以前は大山道の旧道であるという意識はしていませんでした。目的が異なると見えてくるものも違います。

市来橋交差点手前で渋田川を渡り、伊勢原峰岸団地前を通過、東名高速の道路下をくぐって反対側に出ます。
東名高速を越えた先にて

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中央は道祖神でしょうか。
この手前あたりから小さな水路が大山道に沿って流れています。

道路脇の水路と正面に大山山頂付近を望む

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ここの近くに「三所石橋造立供養塔(さんしょいしばしぞうりゅうくようとう)」があり、この水路に架けられた3ヶ所の石橋を供養するため、1802(享和2)年に建てられたものであること。水路は大山を源流とする鈴川(大山川)から引水した用水路「千石用水・千石堀」であることなどが解説に記されていました。

三所石橋造立供養塔と解説板など

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千石用水路沿いに上っていきます。東名高速の北側へ出たあたりからは傾斜が出てきて、いよいよ山が近づいてきたことを実感します。でもまだこのあたりはゆるい坂です。

道と用水路の間に右から道標、庚申塔道祖神

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道標には「上り 大山道」「下り 戸田道 厚木道」とあり、左右ではなく上り下りの表記になりました。戸田道が柏尾通り、厚木道は青山道とも呼ばれていたようで、青山通りを指します。

もう少し上がったところの千石堀です。

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このへんは昔の堀のままなのでしょうか。
(ここは伊勢原市ですが左側の看板に湯河原町、勝手に持ってきてはいけませんね。)

この先で道と堀は左に曲がり、大山へ行くバスも通る広い道路へ出ます。
石倉橋交差点付近

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なんか殺風景なのは、厚木秦野道路の新設工事が進捗芳しくなく、ちょうどそのルート上のこの場所がほっとかれ状態だからです。

手前からは田村通り大山道も来ていて、ここから先は正面の目的地に向かって一本の大山道になります。

この交差点にも不動明王像をのせた道標があったのですが、少し離れたところへ移されています。それを見にちょっと脇道へ入ります。

石倉橋にあった道標

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仮置きなのかもしれませんが、金属パイプの囲いってのは何とかならなかったのでしょうかね。

手前の標柱には、「大山帰りの道案内」とあり、「矢倉沢往還の厚木・青山、柏尾通りの戸田、田村通方面の伊勢原・田村・江ノ島、西へは秦野がある。」と記載されています。
正面の文字は「左 戸田、あつき、青山道」と右側は「右 い世原、田むら、江乃島道」、裏には「ひらつかみち」とありました。残る一面は未確認です。

道標のあった場所から見た大山です。

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今回はここまでです。