田村通りから始まって、柏尾、青山、八王子、府中通りをたどった大山道歩き、6番目は”羽根尾通り大山道”と呼ばれる道です。
”Wikipedia大山道”を参考に経路を引いてみると
東海道前川村小名向原(以降、神奈川県小田原市) - 羽根尾 - 中村原 - 小船 - 小竹村 - 遠藤村(以降、足柄上郡中井町) - 久所 - 六本松通り大山道へ合流 - 井ノ口村 - 大竹村(以降、秦野市) - 曽屋(十日市場) - 矢倉沢往還経由または蓑毛通り大山道経由大山へ
今回はこの道を東海道国府津から曽屋宿(十日市場)の中ほど、以前歩いている矢倉沢往還と交わる、秦野の本町四ツ角交差点まで歩くことにしました。
羽根尾通り大山道 足あと地図
駅のすぐ近くを通る国道1号が旧東海道の道筋を踏襲しています。東、江戸方向へ1500mほど戻ると、上の経路中にある「東海道前川村小名向原」、大山道との分岐点に出ます。
もう少し先で左に入る道が現れ、羽根尾通り大山道入口です。
入口に立派な大山道道標があります
「従是(これより)大山道」「大やまみち」の文字と上に不動明王像、大山道ではよく見るタイプですがここのものは彩色され、風化も少ないです。意外に新しいものでしょうか。
前方のカーブミラーの横にも石仏石塔が集められており、そちらにはだいぶ風化した不動明王像の道標がありました。
カーブミラー横の道標など
ここでつきあたって右(東)へ折れ、道はしばらく東海道の1本北側を並行します。
東海道の北側を行く道、前方は二宮の吾妻山
塔台川、中村川、2本の川に近づくと道は左に折れて、現在の県道709号沿いに北上していきます。
県道に出る直前にも道標などが集められていました。
花が供えられている「大山道」道標など
この付近の地名(小字名)に”羽根尾”があり、この大山道の通り名になっています。
県道709号(中井羽根尾線)に沿ってしばらく歩きます(小田原市中村原)
旧道が残っているところはそちらを歩きます。
小田原市小船にて
前方に神社があります。
猿田彦を祀る、877(元慶元)年創建といわれる古い神社です。
鳥居の前を左へ進みます。
このあたり小さいながらも古くからの集落(小田原市小竹)
坂呂橋で中村川を渡ります
天気は良いですが、低い雲が富士山のほうから流れてます。今日は富士山見えなさそうだと察しました。(前方に見えているのは丹沢)
しばらく行くと急な坂が見えてきます。そちらが大山道で宇塔坂(うとうざか)といいます。
宇塔坂の下
このあたりからは中井町に入ります。
坂の途中に五輪塔
右の標石に「宇塔坂五輪塔」の文字、それ以上のことはわかりませんでした。
もう少し上がると弘法大師堂という小さな堂宇もありました。
花もきれいに咲いていました
長い急坂でしたが、いろいろなものがありました。
坂を上がりきると「大山道一里塚の跡」
石塔がひとつ立つのみ、塚は残っていません。前後の一里塚はどこ、などの情報もありません。
一里塚跡付近からの眺め
近くに「富士見台」という広場もあり、ここから富士山が見えるはずですが、やはりこの日は無理でした。
もう少し先へ
一本松、六本松通り大山道との合流地点
一本松[峠]はこのあたりの呼び名、六本松通りは東海道小田原宿からの大山道で、写真左から上がってくる道です。
この先は正面の茶色っぽい道へ六本松通りが続くことになって、手前の羽根尾通りは一応ここが終点になります。
左側に道標があり、「従是 右いいすみ 左小田原」と刻まれています。”いいすみ”は現在の小田原市飯泉です。
カーブミラーの後ろにも道標があります。
一本松峠の道標、欠けた観音像?
解説文によればこの道標には
をたわら道これより三里
元禄三庚午歳六月吉日
山王為供養
此よりいゝつみまで二里
かなめまで二里
大山道これより三里
相州西郡中村之内久所村
をたわら=小田原、いゝつみ=飯泉(飯泉観音、小田原市)、かなめ=金目(金目観音、平塚市)
元禄三庚午歳=1690年
といった意味のことが刻まれているようです。
ここからは六本松通り大山道を行くことになりますが、とりあえずこのまま進めます。
合流から先へ行くとしばらく舗装のない道になります。
未舗装の道と大山
ようやくここで大山の姿を確認できました。(ここまでも見える場所はあったかもしれませんが、意識して見たのははじめて)
その先でテルモ研究開発センターの横に出てくると、一般道に戻って坂道を下ります。
坂道の上からも大山
どう撮っても電線が絡みついて邪魔でした。下の広い道は県道71号(秦野二宮線)の新道です。
坂を下り、県道の旧道へ出ます。その道はかつて二宮と秦野を結んでいた湘南軌道軽便鉄道が通っていた道で”軽便みち”と呼ばれています。
軽便鉄道の上井ノ口駅跡近くに不動明王像をのせた石塔があります。
軽便鉄道跡を歩いた時の写真を再掲
道路分岐点にある電柱の右に小さく写ってます。
ちなみに左へ入って行く道が軌道跡で、カーブミラー付近に駅がありました。
石塔拡大
正面は「不動經一萬巻供養」と刻まれています。道標なのか、側面を確認し忘れたので不明ということにします。
旧道をしばらく行くと新道と合流し、すぐ先で秦野市に入り、東名高速秦野中井IC前を通過します。
東名高速手前にて
東名IC付近は歩道橋で越えます
正面は大山。
再び”軽便みち”へ(秦野市西大竹)
この先で軽便みちから離れ、大山道旧道は小田急線の踏切に差し掛かります
(少しタイミングが早かったです。)
踏切の先で少し広い道路に出て、水無川を渡ります。
水無川・常盤橋
橋を渡り、台町交差点を通って片町通り、古くからの秦野の中心部に近づいていきます。
片町通りにて、装飾が印象的に思えた建物
元は陶器店だった事しかわかりませんでした。金融機関などの建物かと想像しましたが。
そこから50mほど行くと本町四ツ角交差点、かつて十日市場とも言われた曽屋宿の中央部に出てきます。
矢倉沢往還との交差点まで来ました。このあたりの矢倉沢往還はすでに歩いているので、この日の大山道歩きはここまでです。
羽根尾通り、六本松通りを歩いてきた大山参詣の人は、ここから少なくとも2通りのコースで大山に達していたようです。
ひとつは矢倉沢往還経由で善波峠を越えて伊勢原に入る方法。もうひとつは蓑毛通り大山道ともいわれ、秦野から北へ蓑毛を通って峠を越え、伊勢原の子易、阿夫利神社三の鳥居近くへ出る方法です。
現在、蓑毛通りの大山道旧道は蓑毛越えの峠から子易へ下る道が消滅していてたどることが難しそうです。代わりに”関東ふれあいの道”経由を示している資料もありますが、旧道とは離れた場所を通っています。