野川を二子玉川の多摩川合流点から源流近くまで遡って歩いた。その1は多摩川合流点から都立野川公園(三鷹、調布、小金井市にまたがる)の中までのノート。
野川
野川は、国分寺市東恋ヶ窪に源を発し、国分寺崖線に沿って幾多の湧水を取り込み、小金井、三鷹、調布、狛江を経て世田谷に入り、二子玉川付近で多摩川に合流する全長約20km、流域面積約70平方kmに及ぶ一級河川です。
この付近ではかつては、現野川より西側を流れ、世田谷区宇奈根2丁目あたりで多摩川に合流していたようですが、約400年前に開削された「次太夫堀」による水田開発やその後の大規模な治水事業により現在の位置に姿を大きく変えました。
(野川水道橋の解説板から抜粋)
付け足すと、源は日立製作所中央研究所内にある池と周辺の湧水。国分寺崖線とは太古の多摩川が武蔵野台地を浸食したときにできた崖の線、河岸段丘で立川市から大田区にかけて連続している。特に国分寺市、小金井市や世田谷区などでは崖の高低差は20~30mに及ぶ。
現在の野川は、いたるところで河川改修工事を受けて流れが昔とは変わっている。流路が大きく変わっている場所もこの解説板のある付近ばかりでなく、ほかにもいくつもある。
野川は昨年(2016年)の夏にも歩いていて、国分寺崖線のがけ下に沿って湧水を見ながら歩いたこともあった。その時の記録はまだここに書いていなかったので、今回歩いた分とあわせてまとめてしまうつもり。また野川周辺あちこちの寄り道記録などを追加のノートとしてまとめられたらとも思っている。まず最初は野川、川の遡上あるきから、16年と17年の様子をとりまぜて。
野川行程
行程軌跡は今回(2017年)のもの。
野川は多摩川に合流するのだが、その地点は東急線二子玉川駅ホームの直下。まずは二子玉川駅で下車してそこを目指す。
二子橋直下(2017)
二子橋直下(2016)
2017年は雨が少なく、2016年はちょうどたくさん雨の降った翌日あたりに歩いている。2016年は多摩川の水が濁っていてそれが野川の合流点を越えてきている。
二子玉川駅ホームと二子橋の間、合流地点(2016)
このときは増水した多摩川のため、もはや1つの川となってしまっているが、このあたりが合流地点。
ここから遡上開始。まず、多摩川と野川の中州にある兵庫島公園側へ渡る。
公園へ渡る兵庫橋のうえから合流点方向(2016)
兵庫島公園を通って新二子橋の下をくぐる。
野川が多摩川の堤防から内側に入ってくる、現在自動車学校があるあたりは長いこと工事中で、今でも多摩川堤防付近は工事中扱いになっているため兵庫島先の多摩川河川敷から歩いて行くと通行禁止の柵があるのだけど、その柵は完全に用をなさない状態で、歩いて通る分には何の支障もない。去年歩いたときも同じ状態なのでもう何年放ってあるのやら。
工事中扱いの多摩川堤防側から工事完了しているようにみえる野川の様子
吉沢橋
かつては玉電砧線(東急玉川線支線)の鉄道橋だったが、廃止後撤去されて一般道の道路橋になった。この橋には玉電のレリーフも掲げられている。
野川は多摩川の堤防と分かれたところから上流側はずっと国分寺市に至るまで両岸に歩道が整備されている。
仙川合流点
世田谷区鎌田3丁目付近。野川の最大の支流、武蔵野台地の上から流れてくる仙川がここで野川に合流。ここもいつでも工事中、昨年(2016)撮った風景と変化がなかった。工事現場の風景って進捗とともに変化していくと思うんだけど。
東名高速付近(2016)
この付近もかなり前から大規模な工事中。東京外郭環状道路とのジャンクションを設置する工事。こちらは1年間で風景は変化していて、1年前は野川右岸側は工事前だったけど、今回は大規模に工事がはじまっていた。川沿いの歩道はいまのところ歩ける状態。
次太夫堀公園脇の歩道
次太夫堀公園は、小泉次大夫の指揮により16世紀末ごろ開削された農業用水(六郷用水)にちなんだ公園。用水を復元した流れや、復元した古民家などがあって時代劇のセットのよう。昨年は中へ入ったが今回は入らず。(寄り道編として紹介するかも)
世田谷通りでは下をくぐるのがよい
向こうの橋は世田谷通り(都道3号)の中之橋、ここは歩道を行って世田谷通りに出てしまうと周囲に横断できる場所がない。その代り、通りの前後に階段があり河原が歩けるようになっているのでここを通る。
上野田橋と小田急線橋梁
小田急線喜多見駅にも近い場所。この橋を渡って向こう側へ行くと国分寺崖線の急坂をあがって台地の上は成城の住宅地。
向こうの森あたりが国分寺崖線(の一部)
川の向こう側は世田谷区成城4丁目あたり。崖の急斜面は開発がままならず森となっている。野川と段丘の高さの差は20m以上あり、このあたりは特に高低差が大きい。崖線の下には湧水も多くあり、野川はそのような湧水を集めた川といっても良い。大昔の多摩川がつくった崖線に沿って現在は野川が流れているのである。この先も崖線に沿って森があるこのような風景があちこち見られる。
野川緑地広場の神明橋から上流側(2016)
昨年は川の水も十分あるのだが、今年はこのあたりでもかなり流れが細かった。
次の谷戸橋で世田谷区から狛江市にはいる。
谷戸橋親柱と野川
この付近から先の野川緑地、きたみふれあい広場付近は、かつては支流の入間川(いりまがわ)の流路で、野川は別のところを流れていた。流路と両河川の合流点を人工的に変えて、ここを入間川と合流した野川が流れている。
入間川合流点(2016)
手前左側から入間川が合流。
合流点反対側から(2017)
2017年の水量の少ないことがよくわかる。水も淀み、藻が繁殖している。梅雨入りは宣言されたけれど雨が降らない。
そして入間川の合流点からさほど離れていない、神代団地の先の小金橋付近で川の水が枯れてしまった。
小金橋のひとつ上流、簑和田橋から(2017)
枯れ川となってしまった野川。
その上流側、車橋から京王線橋梁(2016)
2016年はたくさんの水があったことが分かる。ちなみにこの付近は2017年からしばらく河川改修工事のため両岸の歩道を歩くことができない。甲州街道の交差地点から上流側は歩ける。
甲州街道を越えて上流側は川に水はあるものの淀んでいて、流れている感じはあまりない。長い池のようになっている。(2017)
逆川の合流点(2016)
調布市佐須町2丁目付近。逆川は調布深大寺付近の湧水を集めて流れる小さな川、北の川とも呼ばれる。今回(2017年)通ったときもここから野川へ水は流れ込んでいた。深大寺近くの豊富な湧水が枯れるほど深刻ではないということか。
しばらく行くと中央高速の高架にぶつかる。
中央自動車道高架と野川(2016)
中耕地橋から上流側(2017)
このあたりはずっと川に水はあって、干上がってはいない。でも川が流れているともいえない状態。(2017)
調布市内は甲州街道からずっと三鷹市の境界にかけて、岸の両側が桜並木になっているところが多く、川の近辺は昭和4,50年代頃に開発されたと思われる住宅街が続いている。
御塔坂橋(おとざかばし)から上流側
橋を渡るのは武蔵境通り。この橋が調布市と三鷹市の境界となる。
三鷹市大沢5丁目付近の野川
国立天文台の下を通る天文台通りに架かる大沢橋を越えたあたり。住宅の向こう側に見えるのは国分寺崖線の斜面沿いの森。このあたりは河原に下りることができるようになっていて、子供たちの遊び場。
野川の旧流路跡
左外側に現在の野川が流れているが、右側に分かれているところが、かつて川が蛇行していた跡。埋め立てられて小さな公園となっている。
野川テニスコート付近
川の外側に設けられた調整池(集中豪雨などが起きたときにあふれた水を、河川に入る前に一時的に溜める池)となっている場所。向こうに見えるのは調布飛行場の管制塔。
「大沢の里」にある水車
この付近は三鷹市が管理している大沢緑地、大沢の里。この先人見街道を越えた先は都立野川公園、その先もまた都立の武蔵野公園と広い緑地が続いている。
野川公園を流れる野川(2016)
野川公園は現在都立公園だが、かつては国際基督教大学(ICU)のゴルフコースだったところ。なので現在も公園内にはコースのレイアウトもわかる大きな芝生の広場がある。ちなみに国際基督教大学は現在も公園の北側、国分寺崖線の上にキャンパスがある。
ゴルフ場跡の芝生の広場
野川が流れている周辺は国分寺崖線に近く、川の北側は森になっている。崖下からは豊富な湧水が見られ、森の中に自然観察園などもある。
崖下からの湧水をいったん川の近くに流しだし(ここ)、このあと野川に流している
この先、野川源流近くまでは次回(その2)へ。