散歩の途中

散歩の途中で観察記録、その後少し調べて書くノート

中川を歩く 大落古利根川合流点から遡り春日部・新4号国道庄内古川橋まで

東京湾河口から起点のある埼玉県羽生市まで、延長は約84㎞ある中川。
これまで途切れ途切れに歩いていましたが、流れの起点まで踏破を目指し埼玉県内の未踏区間を歩きはじめました。

江戸川区葛西の河口から埼玉県越谷市松伏町境界、大落古利根川の合流地点まで通しで歩いていますので、それより上流へ向かって歩きます。

中川、大落古利根川合流点付近

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右の弥生橋をくぐって左手前へ流れてくるのが中川、左向こうからカーブして合流する大落古利根川(おおおとしふるとねがわ)。
立っているところは吉川市越谷市松伏町の境界点付近です。

 

弥生橋から合流点を振り返り

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東京湾河口からここまでは約33km。

 

弥生橋から上流方向

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残りは約50㎞です。

はるか先まで真っ直ぐ。この前後の直線流路は昭和初期、人工的に開かれた水路です。
このあたり堤防の土手は菜の花。ずっとこの先こんな景色が続くと期待していましたが、思惑は外れるのでした。

 

次の橋、赤岩橋に近づき

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橋桁など上部はごく最近更新されてますが、9本ある橋脚などは古いままのようです。
見た目あたらしくなっても幅1.8m、重量制限1.5tしかありません。調べてみると最初の開通は1958(昭和33)年です。〈改修前もさほど古い橋ではないですにゃ〉

またこの付近、中川流路の両側に二郷半領用水路(東側)、八間堀(西側)が並行して流れます。どちらも現役農業用水路です。

 

八間堀への「廃」水門

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ゲートの廃っぷり、成長しちまった木と、なかなかな作品に仕上がっております。〈良い〉

 

右岸堤防上、轍がありますが、歩けるのは春先まででしょう

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春から秋は雑草が伸びて歩けなくなります。年2回大規模に草刈りが行われてます。 

 

赤岩橋の次、
旭橋の上から上流方向

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先はまだほぼ直線。
旭橋は県道が通る、しっかりした橋でした。

 

渡って左岸側へ。
400mくらいさかのぼって

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やっと中川が少し左へカーブ、右側を流れる二郷半用水は右へカーブして離れていきます。

 

カーブの途中に田島橋。
下流側と近くから

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竣工は1958(昭和33)年、先に見た赤岩橋と同じ年です。橋の通行制限条件も同じで、あちらも改修工事前は田島橋と同じ姿だったと思われます。〈この状態から橋桁欄干だけを替えるんだ〉

 

田島橋から700mほどで県道(17号越谷野田線)の通る豊橋
豊橋下流側から

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道路橋と歩道橋、2本の橋が架かっています。手前の歩道橋欄干は鳥が羽根を広げた姿の装飾があり、にぎやかです。〈写真ではほとんど確認できない〉

 

豊橋から約600mさかのぼると流れを背にしてこんな風景があります。

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〈これも分かりにくいのですが〉前方を左右に横切る土手は古い堤防です。
延長約1㎞、江戸川まで続いていました。昔の河道(当時は庄内古川の名称)はあちらの土手に沿って右方へ流れ、現流路から離れて江戸川へ合流していました。水はここから見える土手の手前側を流れていたようです。なので写っている部分が元河川敷。

つまり現中川はここから下流へ大落古利根川合流までが昭和初期に開削、瀬替えされた流路です。

 

位置をかえて、新旧堤防の分岐部分から旧堤防の先を(松伏町金杉)

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現中川堤防との接点から、旧堤防の先を見ています。旧堤防の天端は道路(右端に写る土手道)。その右側が河川敷になっていました。左は外側、大きな木のある家は水害対策でしょう、家屋部分は堤防の高さまで盛り土をしてあります。

左ずっと奥、鉄塔の後ろの方、肉眼では江戸川堤防が見えていました。

堤防跡以外、古い川の痕跡は残っていないようですが、松伏町吉川市の境界が今も昔の庄内古川流路上を忠実にたどっています。

 

中川上流方向を向いて

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これより上流しばらくは、かつて庄内古川と呼ばれた川の流路になります。

 

上流へ約600m
松乃木橋と水管橋

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松乃木橋の上流側

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再び流路は一直線です。こちらは右側へ大きく膨らんでいた蛇行を直線化したところ、ここも昭和初期の改修だそうで、この時の中川改修工事は相当手がかかってます。

 

500mほどで新開橋、その先で(松伏町大川戸)

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右から、江戸川で取水された農業用水の排水が合流しています。間が荒れ地のように見えますが、昔の中川(庄内古川)が大回りしていた跡で、堤防も奥の黒い屋根の建物のほうを廻っています。

 

そちら古い堤防を回って

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1つ前の写真で前方に見えていた黒屋根の家付近。ここからは現在の流路部分の堤防が見えてます。右側、上を道路が通るのが旧堤防、左の畑内が古い河道、河川敷跡です。

 

現流路に復帰して(松伏町魚沼)

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遠くに丘が見えてます。こんなにどこもまったいらな土地でどういうことでしょうか。
あちらは「まつぶし緑の丘公園」、その里山という人工の丘で、河川改修などで出た残土を集めて小山を築いたようです。

 

その付近、中川の様子

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高い堤防があるようにも見えますが、その外側が低くなっていません。自然堤防の微高地にしては高すぎ、流れを掘り込んでいると思われます。

 

新開橋から1600m、
次の倉田橋(春日部市赤崎)

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春日部市いちばん下流の橋、いろいろ改修されていますが、橋脚など古いままのようです。最初に橋が架けられたのは庄内古川改修工事のあった昭和初期、それ以前ここには渡船がありました。

 

倉田橋のすぐ上流にあるのは農業排水路(八間堀)

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倉田橋上から上流方向

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これまた一直線。
でも東埼玉道路建設工事で少し先から堤防上の道は両岸とも通行止め、令和6年まで〈の予定〉

 

1kmほど迂回して、新4号国道春日部越谷バイパス・庄内古川橋手前で復帰

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バイパスの橋、川の古い名称、庄内古川を使ってます。〈バイパス開通時は名称まだ中川ではなかったのかな?〉

 

ここで一旦区切ります。

 

 

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中川を歩く 八潮潮止橋から新中川分岐点 - 散歩の途中

 

地図:今回分は《中川(5)

〈かなり見にくい〉

 

埼玉県松伏町吉川市春日部市