八王子市東南部にある比較的新しい街、南大沢周辺の公園や緑道をぐるぐると歩きまわってきました。
忘れないよう記録を残しておきます。
最初は町田市との境界にかかる都立小山内裏公園(おやまだいりこうえん)。
とか言って1枚目はその西に続く鑓水小山緑地の歩道
そこから公園に入ると多摩丘陵の尾根伝いに『尾根緑道』がのびて
その緑道展望広場からの風景
丘陵の南側、神奈川県相模原市あたりの展望です。
尾根緑道沿いにはこれまで何回も歩いたので別のところへまわってみます。
12月半ばになってましたが名残の紅葉、この日はまだあちこちで見ることができました。
小さな池は『内裏池』
大きな池は『大田切池』
大きな池から流れ出す大田川の源流になってます。水面に枯れた木立ちがあり印象的な風景です。
こちらは小山内裏公園西端から
中央は鑓水小山給水所の塔。
最近大規模な造成がはじまって、ここからの風景は近い将来建物の壁と化すのでしょうか。
公園から出ました。遊歩道を歩いてます。
最近造成された宅地ですね
向こうにもまたひとつ丘陵の尾根がのびています。あちらには野猿峠、間の谷間は大栗川が流れ、というところ。
一帯は多摩ニュータウンの一部でもあり、戸建てよりこんな建物が多い印象
〈テラスが開けっ放しの引出しのように見えたりしてます...正面向こうの建物ね〉
南大沢駅に近づきます。
歩道橋の先は東京都立大学
こちらがその正門、でいいのかな
左、塔のある建物壁に日時計、2方向にありますね。
〈最近傷害事件があったこともありキャンパス内の散策は遠慮しました〉
階段を下りて駅方向に向かい
ふり返ったこのあたり、大学への通学路でもありますが
三井アウトレットパーク多摩南大沢
奥のほうは大学構内です。
駅前広場などを通過して東の別所という方へ
長池公園姿池に架かる長池見附橋
昔は四谷の皇居外濠にかかっていた四谷見附橋です。
正面から
下は姿池。
背後にある谷戸に沿って公園が続いてます。そちらやあちらを一周してまたここへ戻ってきます。
背後にも池(築池)があります。
奥へ進みます
3つめの池(長池)
長池と築池は古くからある農業用ため池だったようです。
長池には古い伝説があって、池の横に大きな石の『浄瑠璃姫の碑』と『長池伝説』の解説がありました。
解説読んでおきます。
長池伝説
昔、相州大磯の海面に光る薬師如来像を漁師が引き上げた。これを相模の国の城主岡崎四郎が譲り受け崇拝し、浄瑠璃姫が生まれた。
彼女は武蔵国の城主小山田太郎高家に輿入れする際、薬師如来を父から譲り受けた。しかし、延元元年*1に高家が討ち死にしたため、彼女も後を追い、薬師如来像を背負い侍女十三人と共に長池に身を投げた。
その後、蓮生寺の住職が長池に光る薬師如来像を見つけ、薬師堂を建て供養したということです。
長池公園の端から
公園外側の風景
いったん長池公園から出て別の緑地や住宅地のなかを徘徊。
これはとある住宅地の真ん中にあるけやき広場というところ
〈困ったくらい空が青い〉
けやきの木がいっぽん。
テニスコートがある隣りの公園への道
通り抜けてまた長池見附橋へ戻ってきます。
こんどは橋の上から
〈向こうの結婚式場建物も目立ってるな〉
この橋は元々大正2年竣工、皇居外濠で国鉄四ツ谷駅上を跨ぎ、新宿通り(甲州街道・国道20号)が通っていた『四谷見附橋』でした。〈さっきも言いましたね〉
赤坂離宮(現迎賓館)と皇居を直接結ぶために造られ、米カーネギー社から輸入した鋼材、橋台は赤レンガと小豆島産の花崗岩を使用、橋灯などは赤坂離宮の装飾をモチーフにしているそうです。
完成後は東京市電なども通っていましたがその後、道路の交通量増加で橋の拡幅が必要となりいったん取り壊し、こちらへ移築されたのは1993年ということです。移築にあたって名称も長池見附橋となりました。
長池見附橋の碑裏側に刻まれた文を採取しましたので載せておきます。
長池見附橋
長池見附橋は、都内に架かっていた四谷見附橋を移築再建した橋梁です。
四谷見附橋は、1913年(大正2年)9月に竣工し、文明開化時の面影が偲ばれる橋梁として多くの人々に親しまれてきました。
長池見附橋本体のうち、高欄や橋燈等の装飾品は、創建当時の姿を復元し、橋台部も当時と同じ花崗岩と煉瓦によって仕上げ、橋梁全体をネオ・バロック調の景観として再現しています。
この貴重な文化遺産が、これからも末永く市民の生活に潤いと豊かさをもたらし、多くの人々に親しまれていくことを願い、ここに再建しました。
平成5年11月 東京都 八王子市 住宅都市整備公団 南多摩開発局
これは四谷見附橋で使用されていた古い床版
石畳舗装のなかに特殊な形をした東京市電のレールがついたままです。
このほかにも移築にあたって使われなかった資材などが公園内にいくつか置かれています。図や解説もいろいろあってとても興味深いです。〈全部紹介しきれない〉
左の『穴』は下水管が通されていた部分、右に直立するのはカーネギー社の鋼材(橋のアーチリブの一部)などなど。
上の写真正面からせせらぎのある遊歩道がのびています。
このままずっとせせらぎに沿って下っていくと京王堀之内という駅に出ますが
方向を変えて丘の上へ。
蓮生寺公園近くの道路から北側の風景
そろそろ日も傾きかけ帰ることにしました
ほどなく南大沢駅〈これはお昼ごろ通ったときの駅前です〉
*1:西暦1336年